芭蕉発句全集

(50音順 全1,066句)

    

    

    

    

    

    

    

  

  

制作年順へ 季題別順へ 主題別順へ 地域別順へ 存疑の部 贋作の部

年表へ 芭蕉db

去来抄


(最終更新日:21/05/02


あ行

於春々大哉春と云々

青くてもあるべきものを唐辛子

青柳の泥にしだるる潮干かな

あかあかと日はつれなくも秋の風

秋風の吹けども青し栗の毬

秋風の遣戸の口やとがり声

秋風や薮も畠も不破の関

秋十年却って江戸を指す故郷

秋の色糠味噌壷もなかりけり

秋の風伊勢の墓原なほ凄し

秋の夜を打ち崩したる咄かな/秋の夜を打ち崩したる咄かな

秋もはやはらつく雨に月の形

秋を経て蝶もなめるや菊の露

曙はまだ紫にほととぎす曙やまだ朔日にほととぎす

あけぼのや白魚白きこと一寸

あこくその心も知らず梅の花

朝顔は酒盛知らぬ盛り哉

朝顔は下手の書くさへあはれなり

蕣や是も又我が友ならず

朝顔や昼は錠おろす門の垣

朝露や撫でて涼しき瓜の土/朝露によごれて涼し瓜の土

あさむつや月見の旅の明け離れ/あさむつを月見の旅の明け離れ

朝夜さを誰がまつしまぞ片心

足洗うてつひ明けやすき丸寝かな

紫陽花や薮を小庭の別座舗

明日の月雨占なはん比那が嶽

明日は粽難波の枯葉夢なれや

あち東風や面々さばき柳髪

暑き日を海に入れたり最上川

あの雲は稲妻を待つたより哉

あの中に蒔絵書きたし宿の月

雨の日や世間の秋を堺町

あやめ草足に結ばん草履の緒

荒海や佐渡に横たふ天の河

霰せば網代の氷魚を煮て出さん

霰まじる帷子雪は小紋かな

有明も三十日に近し餅の音

有難き姿拝まんかきつばた

ありがたやいただいて踏む橋の霜

ありがたや雪をかをらす南谷

家はみな杖に白髪の墓参り

いかめしき音や霰の檜木笠

生きながら一つに氷る海鼠かな

幾霜に心ばせをの松飾り

いざ出でむ雪見にころぶ所まで

いざ子供昼顔咲きぬ瓜剥かん/いざ子供昼顔咲かば瓜剥かん

いざ共に穂麦喰はん草枕

いざよひのいづれか今朝に残る菊十六夜の月と見やはせ残る菊

十六夜はわづかに闇の初め哉

十六夜もまだ更科の郡かな

漁り火に鰍や浪の下むせび

石枯れて水しぼめるや冬もなし

石の香や夏草赤く露暑し

石山の石より白し秋の風

いづく時雨傘を手に提げて帰る僧

市人よこの笠売らう雪の笠

五つ六つ茶の子にならぶ囲炉裏哉

凍て解けて筆に汲み干す清水哉

いでや我よき布着たり蝉衣

糸桜こや帰るさの足もつれ

糸遊に結びつきたる煙哉

稲雀茶の木畠や逃げ処

稲妻に悟らぬ人の貴さよ

稲妻や顔のところが薄の穂

稲妻や闇の方行く五位の声

稲妻を手にとる闇の紙燭哉

稲こきの姥もめでたし菊の花/稲こきの姥もめでたし庭の菊

猪もともに吹かるる野分かな猪のともに吹かるる野分哉

命こそ芋種よまた今日の月

命なりわづかの笠の下涼み

命二つの中にいきたる桜かな

芋の葉や月待つ里の焼畑

入逢の鐘もきこえず春の暮

入りかかる日も糸遊の名残かな 入りかかる日もほどほどに春の暮

色付くや豆腐に落ちて薄紅葉

岩躑躅染むる涙やほととぎ朱

植うる事子のごとくせよ児桜

魚鳥の心は知らず年忘れ

うかれける人や初瀬の山桜

憂き人の旅にも習へ木曽の蝿

憂き節や竹の子となる人の果て

憂き我をさびしがらせよ閑古鳥

鶯や竹の子薮に老を鳴く

鶯や柳のうしろ薮の前

鶯や餅に糞する縁の先

牛部屋に蚊の声暗き残暑哉 牛部屋に蚊の声弱し秋の風

埋火や壁には客の影法師

うたがふな潮の花も浦の春

打ち寄りて花入探れ梅椿

うち山や外様しらずの花盛り

団扇もてあふがん人のうしろむき

美しきその姫瓜や后ざね

卯の花も母なき宿ぞ冷じき

卯の花や暗き柳の及び腰

姥桜咲くや老後の思ひ出

馬方は知らじ時雨の大井川

馬に寝て残夢月遠し茶のけぶり  馬に寝て残夢残月茶の煙

馬ぼくぼく我を絵に見る夏野かな  馬ぼくぼく我を絵に見ん夏野哉

馬をさえ眺むる雪の朝かな

海暮れて鴨の声ほのかに白し

海は晴れて比叡降り残す五月哉

梅が香にのつと日の出る山路哉

梅が香に昔の一字あはれなり

梅が香やしらら落窪京太郎

梅恋ひて卯の花拝む涙かな

梅の木に猶宿り木や梅の花

梅若菜丸子の宿のとろろ汁

うらやまし浮世の北の山桜

瓜作る君があれなと夕涼み

瓜の皮剥いたところや蓮台野

叡慮にて賑わふ民の庭竈

枝ぶりの日ごとに変る芙蓉かな

老の名のありとも知らで四十雀

笈も太刀も五月に飾れ紙幟

扇にて酒くむかげや散る桜  扇子にて酒くむ花の木陰かな

大津絵の筆のはじめは何仏

大比叡やしの字を引いて一霞  大比叡やしを引き捨てし一霞

荻の声こや秋風の口うつし

荻の穂や頭 をつかむ羅生門

送られつ別れつ果ては木曽の秋  送られつ送りつ果ては木曽の秋

落ち来る高久の宿の郭公

衰ひや歯に喰ひ当てし海苔の砂

己が火を木々に蛍や花の宿

小野炭や手習ふ人の灰ぜせり

思ひ立つ木曽や四月の桜狩り

俤や姥ひとり泣く月の友

おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな

おもしろや今年の春も旅の空

阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍

折々に伊吹を見ては冬籠り

折々は酢になる菊の肴かな

か行

杜若われに発句の思ひあり

牡蠣よりは海苔をば老の売りもせで

隠さぬぞ宿は菜汁に唐辛子

隠れ家や月と菊とに田三反

陽炎や柴胡の糸の薄曇り

風色やしどろに植ゑし庭の秋

樫の木の花にかまはぬ姿かな

被き伏す蒲団や寒き夜やすごき

数ならぬ身とな思ひそ玉祭

風薫る羽織は襟もつくろはず

風の香も南に近し最上川

かたつぶり角振り分けよ須磨明石

語られぬ湯殿にぬらす袂かな

徒歩ならば杖突坂を落馬かな

鰹売りいかなる人を酔はすらん

桂男すまずなりけり雨の月

門松やおもへば一夜三十年

神垣や思ひもかけず涅槃像

瓶割るる夜の氷の寝覚め哉

刈り跡や早稲かたかたの鴫の声

刈りかけし田面の鶴や里の秋

枯芝ややや陽炎の一二寸

寒菊や粉糠のかかる臼の端

元日は田毎の日こそ恋しけれ

灌仏の日に生まれあふ鹿の子かな

灌仏や皺手合する数珠の音

菊鶏頭切り尽しけり御命講

菊の香や奈良には古き仏たち

菊の香や奈良は幾世の男ぶり

菊の香や庭に切れたる靴の底

菊の後大根の外更になし

菊の花咲くや石屋の石の間

象潟や雨に西施が合歓の花  象潟の雨や西施が合歓の花

木曽の情雪や生えぬく春の草

木曽の橡浮世の人の土産かな

木曽の痩せもまだなほらぬに後の月

木啄も庵は破らず夏木立

碪打ちてわれに聞かせよ坊が妻

木のもとに汁も膾も桜かな

きみ火をたけよき物見せん雪丸げ

狂句木枯しの身は竹斎に似たるかな

京にても京なつかしやほととぎす

けふの今宵寝る時もなき月見哉

京は九万九千くんじゅの花見哉

今日ばかり人も年寄れ初時雨

京まではまだ半空や雪の雲

清滝や波に塵なき夏の月 清滝や波に散り込む青松葉 大井川波に塵なし夏の月

霧雨の空を芙蓉の天気哉

霧しぐれ富士を見ぬ日ぞおもしろき

木を切りて本口見るや今日の月

金屏の松の古さよ冬籠り

愚案ずるに冥土もかくや秋の暮

水鶏啼くと人のいへばや佐屋泊り

草いろいろおのおの花の手柄かな

草の戸も住み替る代ぞ雛の家  草の戸も住み替る代や雛の家

草の戸を知れや穂蓼に唐辛子

草の葉を落つるより飛ぶ螢哉

草枕犬も時雨るるか夜の声

葛の葉の面見せけり今朝の霜

薬飲むさらでも霜の枕かな

草臥れて宿かるころや頃や藤の花

熊坂がゆかりやいつの玉祭

雲をりをり人をやすめる月見かな

雲霧の暫時百景を尽しけり

雲とへだつ友かや雁の生き別れ

蜘何と音をなにと鳴く秋の風

雲の峰いくつ崩れて月の山

鞍壷に小坊主乗るや大根引

暮れ暮れて餅を木魂の侘寝哉

鶏頭や雁の来る時なほ赤し

けごろもにつつみて温し鴨の足

今朝の雪根深を園の枝折哉

消炭に薪割る音かをのの奥

実にや月間口千金の通り町

声よくば謡はうものを桜散る

鸛の巣も見らるる花の葉越し哉

紅梅や見ぬ恋作る玉簾

氷苦く偃鼠が喉をうるほせり

木隠れて茶摘みも聞くやほととぎす

木枯に岩吹きとがる杉間かな

凩に匂ひやつけし返り花

木枯しや竹に隠れてしづまりぬ

こがらしや頬腫痛む人の顔

苔埋む蔦のうつつの念仏哉

九たび起きても月の七ツ哉

梢よりあだに落ちけり蝉の殻

小鯛插す柳涼しや海士が家

こちら向け我もさびしき秋の暮

琴箱や古物店の背戸の菊

子供等よ昼顔咲きぬ瓜剥かん

この秋は何で年寄る雲に鳥

このあたり目に見ゆるものは皆涼し

この梅に牛も初音と鳴きつべし

この心推せよ花に五器一具

この種と思ひこなさじ唐辛子

木の葉散る桜は軽し檜木笠

この螢田毎の月にくらべみん

このほどを花に礼いふ別れ哉

この松の実生えせし代や神の秋

この山のかなしさ告げよ野老掘

小萩散れますほの小貝小盃

御廟年経て偲ぶは何をしのぶ草

米買ひに雪の袋や投頭巾

籠り居て木の実草の実拾はばや

薦を着て誰人います花の春

今宵誰吉野の月も十六里

今宵の月磨ぎ出せ人見出雲守

これや世の煤に染まらぬ古合子

衣着て小貝拾はん種の月

ごを焚いて手拭あぶる寒さ哉  ごを焚いて手拭あぶる氷哉

蒟蒻に今日は売り勝つ若菜哉

蒟蒻の刺身もすこし梅の花

さ行

西行の庵もあらん花の庭

盃に泥な落しそ群燕

盃にみつの名を飲む今宵かな

盃の下ゆく菊や朽木盆

盃や山路の菊と是を干す

盛りなる梅にす手引く風もがな

桜狩り奇特や日々に五里六里

酒飲みに語らんかかる滝の花

酒のめばいとど寝られぬ夜の雪

篠の露袴に掛けし茂り哉

さざ波や風の薫の相拍子

さざれ蟹足這ひのぼる清水哉

さし籠る葎の友か冬菜売り

五月の雨岩檜葉の緑いつまでぞ

里の子よ梅折り残せ牛の鞭

里人は稲に歌詠む都かな

里古りて柿の木持たぬ家もなし

座頭かと人に見られて月見哉

早苗とる手もとや昔しのぶ摺  早苗つかむ手もとや昔しのぶ摺

淋しさや釘に掛けたるきりぎりす

さびしさや華のあたりのあすならふ

五月雨に隠れぬものや瀬田の橋

五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん

五月雨の空吹き落せ大井川

五月雨の降り残してや光堂

五月雨も瀬踏み尋ねぬ見馴河

五月雨や桶の輪切るる夜の声

五月雨や蠶煩ふ桑の畑

五月雨や色紙へぎたる壁の跡

五月雨や龍頭あぐる番太郎

五月雨を集めて早し最上川

寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき  寒けれど二人旅寝ぞ頼もしき

猿を聞く人捨子に秋の風いかに  猿を泣く旅人捨子に秋の風いかに

三尺の山も嵐の木の葉哉

椎の花の心にも似よ木曽の旅

汐越や鶴脛ぬれて海涼し

塩にしてもいざ言伝ん都鳥

萎れ伏すや世はさかさまの雪の竹

鹿の角まづ一節のわかれかな

時雨をやもどかしがりて松の雪 時雨をばもどきて雪や松の色

賎の子や稲摺りかけて月を見る

死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮

柴付けし馬のもどりや田植樽

柴の戸に茶を木の葉掻く嵐かな

しばらくは瀧にこもるや夏の初め

四方より花吹き入れて鳰の波

霜枯に咲くは辛気の花野哉

霜の後撫子咲ける火桶哉

霜を着て風を敷き寝の捨子哉 霜を着て衣片敷く捨子哉

秋海棠西瓜の色に咲きにけり

錠明けて月さし入れよ浮御堂

丈六に陽炎高し石の上  丈六にかげろふ高し石の跡

初春まづ酒に梅売る匂ひかな

白魚や黒き目を明く法の網

白髪抜く枕の下やきりぎりす

白菊の目に立て見る塵もなし 白菊や目に立て見る塵もなし

白芥子に羽もぐ蝶の形見かな

白露もこぼさぬ萩のうねり哉

城跡や古井の清水まづ訪はん

白炭やかの浦島が老の箱

新藁の出初めて早き時雨哉

水学も乗り物貸さん天の川

水仙や白き障子のとも移り

涼しさの指図に見ゆる住まゐかな

涼しさや直に野松の枝の形

涼しさやほの三日月の羽黒山

涼しさを飛騨の工が指図かな

煤掃は杉の木の間の嵐哉

硯かと拾ふやくぼき石の露

須磨寺や吹かぬ笛聞く木下闇

住みつかぬ旅の心や置炬燵

駿河路や花橘も茶の匂ひ

せつかれて年忘れする機嫌かな

関守の宿を水鶏に問はうもの

芹焼や裾輪の田井の初氷

僧朝顔幾死に返る法の松

蒼海の浪酒臭し今日の月

その玉や羽黒にかへす法の月

その匂ひ桃より白し水仙花

そのままよ月もたのまじ伊吹山

た行

田一枚植ゑて立ち去る柳かな

内裏雛人形天皇の御宇とかや

たかうなや雫もよよの篠の露

鷹の目も今や暮れぬと鳴く鶉

鷹一つ見付けてうれし伊良湖崎

高水に星も旅寝や岩の上

誰が聟ぞ歯朶に餅負ふ丑の年

七夕の逢はぬ心や雨中天

七夕や秋を定むる夜のはじめ 七夕や秋を定むるはじめの夜

楽しさや青田に涼む水の音

旅烏古巣は梅になりにけり

旅に飽きてけふ幾日やら秋の風

旅に病で夢は枯野をかけ廻る

旅寝よし宿は師走の夕月夜

旅人とわが名呼ばれん初しぐれ

玉祭り今日も焼場の煙哉

手向けけり芋は蓮に似たるとて

ためつけて雪見にまかる紙子かな

誰やらがかたちに似たり今朝の春

たわみては雪待つ竹の気色かな

たんだすめ住めば都ぞ今日の月

苣はまだ青葉ながらに茄子汁

父母のしきりに恋し雉の声

地に倒れ根に寄り花の別れかな

粽結ふ片手にはさむ額髪

長嘯の墓もめぐるか鉢叩き

蝶の飛ぶばかり野中の日影哉

蝶の羽のいくたび越ゆる塀の屋根

蝶も来て酢を吸ふ菊の鱠哉 蝶も来て酢を吸ふ菊の酢和哉

塚も動けわが泣く声は秋の風

月影や四門四宗もただ一つ

月か花か問へど四睡が鼾哉

月清し遊行の持てる砂の上  月清し遊行の持てる砂の露

月白き師走は子路が寝覚め哉

月代や膝に手を置く宵の宿

月澄むや狐こはがる児の供

月ぞしるべこなたへ入らせ旅の宿

月に名を包みかねてや痘瘡の神

月の鏡小春に見るや目正月

月のみか雨に相撲もなかりけり

月はあれど留守のやうなり須磨の夏

月華の是やまことのあるじ達

月はやし梢は雨を持ちながら

月見する座に美しき顔もなし

月見せよ玉江の芦を刈らぬ先

月見ても物たらはずや須磨の夏

月雪とのさばりけらし年の暮

作りなす庭をいさむる時雨かな

蔦植ゑて竹四五本の嵐かな

躑躅生けてその陰に干鱈割く女

露凍てて筆に汲み干す清水哉

露とくとく試みに浮世すすがばや

庭訓の往来誰が文庫より今朝の春

手にとらば消えん涙ぞ熱き秋の霜

手を打てば木魂に明くる夏の月

唐辛子思ひこなさじ物の種

冬瓜やたがひに変る顔の形

唐黍や軒端の萩の取りちがえ

当帰よりあはれは塚の菫草

尊がる涙や染めて散る紅葉

尊さに皆おしあひぬ御遷宮

たふとさや雪降らぬ日も蓑と笠

磨ぎなほす鏡も清し雪の花

年の市線香買ひに出でばやな

年は人にとらせていつも若夷

土手の松花や木深き殿造り

ともかくもならでや雪の枯尾花

鳥刺も棹や捨てけんほととぎす

蜻蜒や取りつきかねし草の上

どんみりと樗や雨の花曇り

な行

なほ見たし花に明けゆく神の顔

中山や越路も月はまた命

永き日も囀り足らぬひばり哉

詠むるや江戸には稀な山の月

無き人の小袖も今や土用干

夏かけて名月暑き涼み哉

夏来てもただひとつ葉の一葉かな

夏草に富貴を飾れ蛇の衣

夏草や兵どもが夢の跡

夏木立佩くや深山の腰ふさげ

夏衣いまだ虱を取り尽さず

夏の月御油より出でて赤坂や

夏の夜や崩れて明けし冷し物

夏山に足駄を拝む首途かな  夏山や首途を拝む高足駄

撫子の暑さ忘るる野菊かな

七株の萩の千本や星の秋

何事の見立てにも似ず三日の月

何とはなしに何やらゆかし菫草

何にこの師走の市にゆく烏

何の木の花とはしらず匂かな

菜畠に花見顔なる雀哉

なまぐさし小菜葱が上の鮠の腸

波の花と雪もや水の返り花

波の間や小貝にまじる萩の塵

なりにけりなりのけりまで年の暮

煮麺の下焚きたつる夜寒哉

西か東かまづ早苗にも風の音

似合はしや新年古き米五升

似合はしや豆の粉飯に桜狩り

庭掃いて出でばや寺に散る柳

盗人に逢うた夜もあり年の暮れ

濡れて行くや人もをかしき萩薄

葱白く洗ひたてたる寒さかな

猫の恋やむとき閨の朧月

合歓の木の葉越しも厭へ星の影

能なしの眠たし我を行行子

暖簾の奥ものふかし北の梅

野ざらしを心に風のしむ身かな

蚤虱馬の尿する枕もと

野を横に馬引き向けよほととぎす

は行

蓮の香を目にかよはすや面の鼻

裸にはまだ衣更着の嵐かな

初秋や畳みながらの蚊屋の夜着

初午に狐の剃りし頭哉

初真桑四つにや断たん輪に切らん

初雪に兎の皮の髭作れ 雪の中に兎の皮の髭作れ

初雪やいつ大仏の柱立

初雪や懸けかかりたる橋の上

初雪や幸ひ庵にまかりある

初雪や水仙の葉のたわむまで

初雪や聖小僧が笈の色

鳩の声身に入みわたる岩戸哉

花あやめ一夜に枯れし求馬哉

花盛り山は日ごろの朝ぼらけ

花咲きて七日鶴見る麓哉

花にやどり瓢箪斎と自らいへり

花の陰謡に似たる旅寝哉

花の雲鐘は上野か浅草か

花は賎の目にも見えけり鬼薊

花みな枯れてあはれをこぼす草の種

花見にと指す船遅し柳原

花木槿裸童のかざし哉

花を宿に始め終りや二十日ほど

蛤に今日は売り勝つ若菜かな

蛤の生けるかひあれ年の暮

蛤のふたみに別れ行く秋ぞ  蛤のふたみへ別れ行く秋ぞ

針立や肩に槌打つから衣

春雨や二葉に萌ゆる茄子種

春たちてまだ九日の野山かな

春なれや名もなき山の薄霞

腫物に触る柳の撓哉

半日は神を友にや年忘れ

ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿

東西あはれさひとつ秋の風

ひごろ憎き烏も雪の朝哉 

人ごとの口にあるなりした椛

一時雨礫や降って小石川

一つ脱いで後に負ひぬ衣がへ  ひとつ脱ぎてうしろに負ひぬころもがへ

一露もこぼさぬ菊の氷かな

一とせに一度摘まるる薺かな

人に家を買はせて我は年忘れ

一日一日麦あからみて啼く雲雀

人々をしぐれよ宿は寒くとも

人も見ぬ春や鏡の裏の梅

独り尼藁屋すげなし白躑躅

日の道や葵傾く五月雨

雲雀鳴く中の拍子や雉子の声

雲雀より空にやすらふ峠かな  雲雀より上にやすらふ峠かな

ひやひやと壁をふまえて昼寝哉

百里来たりほどは雲井の下涼み

病雁の夜寒に落ちて旅寝哉

屏風には山を画書いて冬籠り

ひよろひよろと尚露けしや女郎花  ひよろひよろと転けて露けし女郎花

ひらひらと挙ぐる扇や雲の峰

比良三上雪さしわたせ鷺の橋

昼顔に米搗き休むあはれなり

昼顔に昼寝せうもの床の山

鼓子花の短夜眠る昼間哉

琵琶行の夜や三味線の音霰

貧山の釜霜に鳴く声寒し

風月の財も離れよ深見艸

風流の初めや奥の田植歌

吹き飛ばす石は浅間の野分かな

鰒釣らん李陵七里の浪の雪

富士の風や扇にのせて江戸土産

藤の実は俳諧にせん花の跡

富士の山蚤が茶臼の覆かな

富士の雪慮生が夢を築かせたり

不精さや掻き起されし春の雨  不精さや抱き起されるる春の雨

二人見し雪は今年も降りけるか

二日にもぬかりはせじな花の春

船足も休む時あり浜の桃

文月や六日も常の夜には似ず

冬知らぬ宿や籾摺る音霰

冬庭や月もいとなる虫の吟

冬の日や馬上に凍る影法師

振売の雁あはれなり恵美須講

古池や蛙飛びこむ水の音

降る音や耳も酸うなる梅の雨

古き名の角鹿や恋し秋の月

旧里や臍の緒に泣く年の暮

古畑やなづな摘みゆく男ども

蛇食ふと聞けばおそろし雉子の声

鬼灯は実も葉も殻も紅葉哉

星崎の闇を見よとや啼く千鳥

蛍見や船頭酔うておぼつかな

牡丹蘂深く分け出づる蜂の名残かな

ほととぎす今は俳諧師なき世哉

ほととぎす裏見の滝の裏表  ほととぎす隔つか滝の裏表

ほととぎす大竹藪を漏る月夜

ほととぎす消え行く方や島一つ

ほととぎす鳴く音や古き硯箱

ほととぎす鳴くや五尺の菖草

ほろほろと山吹散るか滝の音

ま行

町医師や屋敷方より駒迎へ

松杉をほめてや風のかをる音

真福田が袴よそふかつくづくし

眉掃を俤にして紅粉の花

三井寺の門敲かばや今日の月

見送りのうしろや寂し秋の風

湖や暑さを惜しむ雲の峰

水寒く寝入りかねたる鴎かな

水取りや氷の僧の沓の音

水の奥氷室尋ぬる柳哉

水向けて跡訪ひたまへ道明寺

皆拝め二見の七五三を年の暮

水無月は腹病やみの暑さかな

水無月や鯛はあれども塩鯨

道のべの木槿は馬に食はれけり

宮守よわが名を散らせ木葉川

見る影やまだ片なりも宵月夜

見るに我も折れるばかりぞ女郎花

見渡せば詠むれば見れば須磨の秋

昔聞け秩父殿さへすまふとり

名月に麓の霧や田の曇り

名月の出ずるや五十一ヶ条

名月の花かと見えて綿畠

名月の見所問はん旅寝せん

名月はふたつ過ぎても瀬田の月

名月や池をめぐりて夜もすがら

名月や海に向かへば七小町

名月や座にうつくしき顔もなし

名月や児立ち並ぶ堂の縁

名月や門にさしくる潮がしら

名月や北国日和定めなき

めづらしや山を出羽の初茄子

めでたき人の数にも入らむ老の暮れ

目の星や花を願ひの糸桜

餅花やかざしに插せる嫁が君

物書いて扇引き裂く名残かな 物書いて扇子へぎ分くる別れ哉

桃の木のその葉散らすな秋の風

もろき人にたとへん花も夏野哉

や行

やがて死ぬけしきは見えず蝉の声 ・

薬欄にいづれの花を草枕

やすやすと出でていざよふ月の雲

宿借りて名を名乗らする時雨かな

柳行李片荷は涼し初真桑

山陰や身を養はん瓜畠

山賎のおとがひ閉づる葎かな

山里は万歳遅し梅の花

山路来て何やらゆかし菫草

山中や菊は手折らぬ湯の匂

山吹や宇治の焙炉の匂ふ時

山吹や笠に挿すべき枝の形

山も庭も動き入るるや夏座敷

闇の夜や巣をまどはして鳴く鵆

夕顔に干瓢むいて遊びけり

夕顔や酔うて顔出す窓の穴  夕顔に酔うて顔出す窓の穴

夕晴れや桜に涼む波の華

夕にも朝にもつかず瓜の花

雪薄し白魚しろきこと一寸

雪の朝独り干鮭を噛み得タリ

雪を待つ上戸の顔や稲光

行く秋の芥子に迫りて隠れけり

行く秋のなほ頼もしや青蜜柑 

行く雲や犬の駆け尿村時雨 行く雲や犬の逃げ尿村時雨

湯の名残り今宵は肌の寒からん

柚の花や昔しのばん料理の間

酔うて寝ん撫子咲ける石の上

よき家や雀よろこぶ背戸の粟  よき家や雀よろこぶ背戸の秋

夜着ひとつ祈り出して旅寝かな

夜着は重し呉天に雪を見るあらん

世にふるも更に宋祇のやどりかな  世にふるは更に宋祇のやどりかな

世の人の見付けぬ花や軒の栗

夜ル竊ニ虫は月下の栗を穿ツ

よるべをいつ一葉に虫の旅寝して

ら行

蘭の香や蝶の翅に薫物す

留守に来て梅さへよその垣穂かな

六月や峰に雲置く嵐山

艪の声波を打って腸凍る夜や涙  艪声波を打って腸凍る夜や涙

炉開きや左官老い行く鬢の霜

わ行

若葉して御目の雫ぬぐはばや

我が宿は蚊の小さきを馳走かな

煩へば餅をも喰はず桃の花

忘れ草菜飯に摘まん年の暮

忘るなよ薮の中なる梅の花

早稲の香や分け入る右は有磯海

我富めり新年古き米五升

我に似るなふたつに割れし真桑瓜

我も神のひさうや仰ぐ梅の花



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since:97/11/20)