芭蕉DB

野ざらし紀行

(伊賀上野)


 長月の初、古郷に歸りて、北堂の萱草*も霜枯果て、今は跡だになし。何事も昔に 替りて、はらからの鬢*白く、眉皺寄て、只命有てとのみ云て言葉はなきに、このかみ*の守袋をほどきて、母の白髪 おがめよ、浦島の子が玉手箱、汝が まゆもやゝ老たりと、しばらくなきて、

手にとらば消んなみだぞ あつき秋の霜

(てにとらば きえんなみだぞあつき あきのしも)


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表紙 年表


手にとらば消んなみだぞあつき秋の霜

 芭蕉は伊賀上野に延宝4年以来9年ぶりの帰省をした。前後6回にわたる江戸からの帰省のこれが3度目に当る。ただし、前年の6月20日に死んだ母の法事もかねた帰郷だっただけに悲しみも新たなものがあったと思われる。芭蕉41歳、すでに老いて「秋の霜」のように鬢や眉の白さが際立ったか。『笈の小文』では「ふるさとや臍の緒に泣く年の暮れ」 、「父母のしきりに恋し雉の声」と詠んでいる。

芭蕉生家