芭蕉db
   ある知識ののたまはく、「生禅大
   疵の基」とかや。いとありがたく
   覚えて

稲妻に悟らぬ人の貴さよ

(己が光)

(いなずまに さとらぬひとの たっとさよ)

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 元禄3年秋、義仲寺で詠んだか?。この句は、元禄3年9月6日付曲水宛書簡に「此辺やぶれかゝり候へ共、一筋の道に出る事かたく、古キ句に言葉のみあれて、酒くらひ豆腐くらひなどゝ、のゝしる輩のみに候。」として出てくる。この辺りとは大津のことだから、大津蕉門の人達の句理解のまなならないのを残念がったのである。

稲妻に悟らぬ人の貴さよ

 「生禅」とはいい加減な修行で悟ったと勘違いしている禅の僧侶をいう。稲妻を見て無常を悟ったなどという生禅の人よりもいっそ何にも分からないと思っている人の方が尊いということがあるものだ。ここに「稲妻」は特に稲妻でなくてもよく、諸行無常とか諸行無我とかいうような一つのたとえとして出てくるだけである。


岐阜県恵那郡山岡町原金刀比羅神社の句碑。牛久市森田武さん提供