芭蕉db

笈の小文

苔清水


苔清水*

春雨のこしたにつたふ清水 哉

(はるさめの こしたにつたう しみずかな)

 よしのゝ花に三日とヾまりて、曙 、黄昏のけしきにむかひ、有明の月の哀なるさまなど、心にせまり胸にみちて、あるは摂章(政 )公のながめ*にうばゝれ、西行の枝折*にまよひ、かの貞室が是はこれは*と打なぐりたるに、われいはん言葉もなくて、いたづらに口をとぢたる、いと口をし。おもひ立たる風流、いかめしく侍れども、爰に至りて無興の 事なり。

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表紙 年表


春雨の こしたにつたふ清水哉

 桜の季節といえば雨。垂れ込めて花の行方を不安がらせる春の雨だが、幹を通じて地面に吸い取られていくそれは、地中で浄化され、やがて「とくとくの清水」となって再び地上に帰ってくる。この湧き水こそ吉野の花の雫なのだ。


奥吉野山 苔清水の句碑(牛久市森田武さん撮影)