芭蕉db

当帰よりあはれは塚の菫草

(笈日記)

(とうきより あわれはつかの すみれぐさ)

句集へ 年表へ Who'sWhoへ


 元禄6年2月。この2月2日に門人呂丸が京都の去来亭で急死。呂丸は山形の人。『奥の細道』で羽黒山を訪れたときに芭蕉を案内してくれたのが呂丸であった。
 呂丸の死については、岸本八郎兵衛(公羽)宛書簡に詳しい。

当帰よりあはれは塚の菫草

 呂丸が京都の去来亭で亡くなったという。彼の故郷出羽では故郷に帰る「当帰」という花が咲いているはずだ。呂丸は当帰の花に囲まれることはできないが、彼の墓に咲くすみれの花は美しく咲くであろう。
「当帰」は高山植物の名。セリ科の多年草。花は香気が高く、根は乾燥して薬草になるという。この花には、故郷に帰るという意味があったという。


羽黒町手向烏崎稲荷神社にある追悼の句碑(牛久市森田武さん撮影)