芭蕉db
   この御寺の縁起、人の語るを聞き
   侍りて

笠寺や漏らぬ岩屋も春の雨

(寂照宛真蹟書簡)

(かさでらや もらぬいわやも はるのあめ)

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 貞亨4年春。『寂照宛真蹟書簡』で、名古屋市南区笠寺町にある真言宗天林山笠覆寺に伝えられる『笠寺縁起』に感動して芭蕉が贈った奉納の発句。この縁起というのは、以下のとおり。
 笠寺は古く聖武天皇の時代に創建されたのだが、その後疲弊して荒れ果てていた。鳴海の長者の娘がこれを嘆き、本尊に傘を差して雨から守ったところ、霊験が現れてこの娘は関白藤原照宣の子平中将の妻となり、その財力によって堂舎を再建したという。
 芭蕉はこの句を江戸で作っているのでもとより嘱目の句ではない。後年、貞亨4年11月17日、『笈の小文』の途次、鳴海の知足亭でこれを発句として七人歌仙を巻いた。

笠寺や漏らぬ岩屋も春の雨

行尊の「草の庵を何露けしと思ひけん洩らぬ岩屋も袖はぬれけり」をふまえる。漏らぬ岩屋という岩屋は現存しない。


名古屋市南区笠寺笠覆寺前の句碑(牛久市森田武さん提供)