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芭蕉DB
野ざらし紀行
(茶店にて)
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其日のかへさ*、ある茶店に立寄けるに、てふと云けるをんな*、あが名に發句せよと云て、白ききぬ出しけるに書付侍る。
(らんのかや ちょうのつばさに たきものす)
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表紙 年表
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蘭の香やてふの翅にたき物す
「吾が名に発句せよ」(私の名てふ<ちょう>にちなんで俳句を作ってください)という要望に応えたのだから、言うまでもなく、「蝶」で答え、この茶店の女主人「てふ」。しからば「蘭」は誰に相当するのだろうか?
てふと云ひけるをんな:この茶店は、古市の色茶屋(売春のサービスもある茶屋)で、「てふ」はこの家の女あるじ
の名前。遊女の出といわれている。俳諧の才能を見込まれて主人の妻に抜擢されたらしい。まことにおおらかなもの。この家の先妻「つる」も同様に遊女出身で、そのつるも昔、参宮途上の宗因にねだって「葛の葉のおつるのうらみ夜の霜」の句を貰ったという。ここの話は、後妻たる「てふ」も先妻に倣って芭蕉に句を所望したという設定(『三冊子』参照
)。実際は、宗因と因縁のある茶店に芭蕉が興味を持って出かけていったということではないか?