芭蕉db
 
崑崙は遠く聞き、蓬莱・方丈は仙の地なり。
まのあたりに士峰地を抜きて蒼天を支へ、
日月のために雲門を開くかと。向かふところ
皆表にして、美景千変す。詩人も句を尽くさ
ず、才子・文人も言を絶ち、画工も筆捨てて
走る。若し藐姑射の山の神人有りて、其の詩
を能くせんや、其の絵をよくせん歟。

雲霧の暫時百景を尽しけり

(芭蕉句選拾遺)

(くもきりの ざんじひゃっけいを つくしけり)

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 伊予の俳人井海(せいかい)なる人から贈られた歌仙一巻に対する返礼として「歌仙の讃」を送ったという。その讃と句。天和3年夏甲州にての作とされているが、芭蕉が滞在した谷村(都留市)から富士は見えない。嘱目の吟では なく観念の作であろう
 なお、ここに「藐姑射(はこや)」とは、中国で超人的な神仙が住むという山の名前。《荘子》逍遥遊篇にある。

雲霧の暫時百景を尽しけり

 雲が走り、霧が急に立ち上る。瞬間瞬間にその景色を変える富士の景色。瞬く間に百景を形成する。この富士の美を表すに詩人も画工も文人もかなわない。藐姑射 (はこや)の神人ならそれができるというのだろうか?


静岡県清水市村松町鉄舟寺観音堂(牛久市森田武さん撮影)


崑崙:<こんろん>。タクラマカン砂漠の縁を形成する西域の山脈。
蓬莱・方丈:<ほうらい・ほうじょう>中国の架空の山で共に仙人が棲むと言い伝えれている。
士峰:富士の峰
藐姑射:<はこや>と読む。中国の山で神が棲むと言われている。