芭蕉db

奥の細道

大石田・最上川 5月28日・29日)


 最上川のらん*と、大石田*と云所に日和を待。爰に古き俳諧の種こぼれて、忘れぬ花のむかしをしたひ、 芦角一声の心をやはらげ*、此道にさぐりあしゝて、新古ふた道にふみまよふといへども*、みちしるべする人しなければと*、わりなき一巻*残しぬ。このたびの風流、 爰に至れり*
 最上川は、みちのくより出て、山形を水上とす。ごてん・はやぶさ*など云おそろしき難所有。板敷山の北を流て、果は酒田の海に入。左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。是に稲つみたるをや、いな船といふならし*。白糸の 滝は青葉の隙々*に落て、仙人堂、岸に臨て立。水みなぎつて舟あやうし 。

 

五月雨をあつめて早し最上川

(さみだれを あつめてはやし もがみがわ)


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表紙 年表 bo24_03.gif (162 バイト)俳諧書留


最上川句碑

初夏の最上川

芭蕉と曾良の像(山形県新庄市本合海)以上3枚、NTTファシリティーズ増田健児さん 提供


 5月28日:馬を借りて天童に出る。ここで内蔵宅に立ち寄ってもてなされる。午後3時、大石田 高野一栄宅に到着。疲労のため句会を中止した。
 5月29日:夜になって小雨が降る。この日、「五月雨を集て涼し」の発句で始まる四吟歌仙を巻く。会を終えてから、一栄と川水を誘って曹洞宗黒滝山向川寺に参詣。一栄宅に2泊目。
 5月30日:朝のうち曇。8時ごろから晴れる。芭蕉は近くを散策の後、物書き。
 6月1日大石田を出発。途中まで一栄と川水が送ってくる。舟形町を経由して新庄市に入る。新庄に一泊。新庄の「風流」宅に宿泊。「水の奥氷室尋ぬる柳哉」と詠んだ。
 6月2日:新庄に滞在。昼過ぎより盛信宅に招かれる。盛信は昨日の風流の本家筋に当る。ここで「風の香も南に近し最上川」を詠む。
 6月3日:太陽暦では7月19日。新庄を出発。天気快晴。川舟にて東田川郡立川町を経由して羽黒町へ。この川舟の上で「集めて早し」となったという。
 

Wb01184_.gif (1268 バイト)

 

五月雨を集めて早し最上川

 奥の細道全体を通して山形での作品に秀句が多いのはなぜだろう。これも最も人口に膾炙した句の一つである。山形では句会が多く催されたらしい。この作品は、5月29日夜大石田の船宿経営高野平左衛門 (一栄)方にて行われた句会の冒頭の発句「五月雨を集て涼し最上川」である。これはまた随分とやさしい句だが、「涼し」一語を「早し」と変えただけで、怒涛渦巻く最上川に変るから言葉の持つ威力はものすごい。


山形県北村山郡大石田西光寺の「
五月雨を集て涼し最上川」の句碑(牛久市森田武さん撮影)


夏草に覆われて荒れ放題の山形県北村山郡黒滝山向川寺(同上)


白糸の瀧(同上)