芭蕉俳句全集

(主題別順)

秋の寂しさ 秋の風情 あさがお   隠棲  えびす講 御命講 笈の小文 おかしさ 奥の細道
画讃 鹿島詣  からす 菊  危険 恋 
桜花 五月雨 西行 色彩 師弟 祝辞 食物 静寂 信仰 新年 俗 
七夕
 追悼 夏の季節感 年末 野ざらし紀行 鷹  旅の苦・旅情 動物 杜国再会 
後の旅 (初)雪 花見 春の季節・春雨 梅花 貧乏 別れ 星座 蛍  
名月
 冬・時雨・寒入り 冬の寒さ 幽玄の世界 老  その他人生

 五十音順へ 年代別順へ 季題別順へ 地域別順へ 存疑の部

年表へ 芭蕉db


(revised on 2016/06/07

 

あさがお

三ケ月や朝顔の夕べ蕾むらん
笑ふべし泣くべしわが朝顔の凋む時
朝顔に我は飯食う男哉
僧朝顔幾死に返る法の松
朝顔は酒盛知らぬ盛り哉
 

新年

春・春雨

 

梅花

あこくその心も知らず梅の花
打ち寄りて花入探れ梅椿
梅が香に追ひもどさるる寒さかな
梅が香にのつと日の出る山路哉
梅が香やしらら落窪京太郎
梅が香や見ぬ世の人に御意を得る
梅柳さぞ若衆かな女かな
梅若菜丸子の宿のとろろ汁
香に匂へうに掘る岡の梅の花
紅梅や見ぬ恋作る玉簾
この梅に牛も初音と鳴きつべし
盛りなる梅にす手引く風もがな
里の子よ梅折り残せ牛の鞭
月待や梅かたげ行く小山伏
暖簾の奥ものふかし北の梅
人も見ぬ春や鏡の裏の梅
山里は万歳遅し梅の花
世に匂へ梅花一枝のみそさざい
忘るなよ薮の中なる梅の花
我も神のひさうや仰ぐ梅の花

 

花見/桜花

糸桜こや帰るさの足もつれ
うらやまし浮世の北の山桜
艶ナル奴今様花に弄斎ス
思ひ立つ木曽や四月の桜狩り
顔に似ぬ発句も出でよ初桜
景清も花見の座には七兵衛
風吹けば尾細うなる犬桜
観音のいらか見やりつ花の雲
木のもとに汁も膾も桜かな
きてもみよ甚平が羽織花衣
京は九万九千くんじゅの花見哉
声よくば謡はうものを桜散る
鸛の巣に嵐の外の桜哉
鸛の巣も見らるる花の葉越し哉
蝙蝠も出でよ浮世の華に鳥
西行の庵もあらん花の庭
盛りぢや花に坐浮法師ぬめり妻
咲き乱す桃の中より初桜
さまざまのこと思ひ出す桜かな
しばらくは花の上なる月夜かな
四方より花吹き入れて鳰の波
草履の尻折りて帰らん山桜
種芋や花の盛りに売り歩く
月花もなくて酒のむ独り哉
菜畠に花見顔なる雀哉
似合はしや豆の粉飯に桜狩り
年々や桜を肥やす花の塵
呑み明けて花生にせん二升樽
花盛り山は日ごろの朝ぼらけ
花咲きて七日鶴見る麓哉
花にやどり瓢箪斎と自らいへり

花に酔へり羽織着て刀さす女
花の雲鐘は上野か浅草か
花見にと指す船遅し柳原
花木槿裸童のかざし哉
花を宿に始め終りや二十日ほど
春の夜は桜に明けてしまひけり
一里はみな花守の子孫かや
二日酔ひものかは花のあるあひだ

山桜瓦葺くものまづ二つ
夕晴れや桜に涼む波の華
行く春を近江の人と惜しみける
四つ五器のそろはぬ花見心哉
世に盛る花にも念仏申しけり

夏の季節

青ざしや草餅の穂に出でつらん
朝露や撫でて涼しき瓜の土
足洗うてつひ明けやすき丸寝かな
紫陽花や帷子時の薄浅黄
紫陽花や薮を小庭の別座舗
暑き日を海にいれたり最上川
あつみ山や吹浦かけて夕すヾみ
あやめ草足に結ばん草鞋の緒
烏賊売の声まぎらはし杜宇
岩躑躅染むる涙やほととぎ朱
卯の花や暗き柳の及び腰
瓜の花雫いかなる忘れ草
笈も太刀も五月に飾れ紙幟
落ち来るや高久の宿の郭公
己が火を木々に蛍や花の宿
風の香も南に近し最上川
鰹売りいかなる人を酔はすらん
唐破風の入日や薄き夕涼み

川風や薄柿着たる夕涼み
木啄も庵は破らず夏木立
京にても京なつかしやほととぎす
清く聞かん耳に香焼いて郭公
清滝の水汲ませてやところてん
清滝や波に塵なき夏の月
木隠れて茶摘みも聞くやほととぎす
小鯛插す柳涼しや海士が家
さざ波や風の薫の相拍子
さざれ蟹足這ひのぼる清水哉
早苗とる手もとや昔しのぶ摺
寒からぬ露や牡丹の花の蜜
皿鉢もほのかに闇の宵涼み

さみだれ

雨折々思ふことなき早苗哉
海は晴れて比叡降り残す五月哉
笠島はいづこ五月のぬかり道
髪生えて容顔青し五月雨
象潟や雨に西施が合歓の花
五月の雨岩檜葉の緑いつまでぞ

五月雨の降り残してや光堂

五月雨に御物遠や月の顔
五月雨に隠れぬものや瀬田の橋
五月雨に鶴の足短くなれり
五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん
五月雨の空吹き落せ大井川
五月雨は滝降り埋むみかさ哉
五月雨も瀬踏み尋ねぬ見馴河
五月雨や桶の輪切るる夜の声
五月雨や蠶煩ふ桑の畑
五月雨や龍燈あぐる番太郎
五月雨を集めて早し最上川
どんみりと樗や雨の花曇り
八九間空で雨降る柳かな
日の道や葵傾く五月雨
降らずとも竹植うる日は蓑と笠
降る音や耳も酸うなる梅の雨

目にかかる時やことさら五月富士

七夕

追悼

秋風に折れて悲しき桑の杖
入る月の跡は机の四隅哉
埋火も消ゆや涙の烹ゆる音
卯の花も母なき宿ぞ冷じき
梅が香に昔の一字あはれなり
瓜作る君があれなと夕涼み
被き伏す蒲団や寒き夜やすごき
数ならぬ身とな思ひそ玉祭
その形見ばや枯れ木の杖の長
袖の色よごれて寒し濃鼠
玉祭り今日も焼場の煙哉
手向けけり芋は蓮に似たるとて

地に倒れ根に寄り花の別れかな
塚も動けわが泣く声は秋の風
月やその鉢木の日のした面
手にとらば消えん涙ぞ熱き秋の霜

当帰よりあはれは塚の菫草
無き人の小袖も今や土用干
花あやめ一夜に枯れし求馬哉
旧里や臍の緒に泣く年の暮
ほととぎす鳴く音や古き硯箱
見しやその七日は墓の三日の月
水向けて跡訪ひたまへ道明寺
むざんやな甲の下のきりぎりす
もろき人にたとへん花も夏野哉

星座

荒海や佐渡によこたふ天河
声澄みて北斗にひびく砧哉
文月や六日も常の夜には似ず

秋の寂しさ

秋風に折れて悲しき桑の杖
秋近き心の寄るや四畳半
秋の色糠味噌壷もなかりけり
秋の風伊勢の墓原なほ凄し
秋深き隣は何をする人ぞ
秋もはやはらつく雨に月の形
憂きわれを寂しがらせよ秋の寺
憂きわれを寂しがらせよ閑古鳥
草の戸や日暮れてくれし菊の酒
蜘蛛何と音をなにと鳴く秋の風
胡蝶にもならで秋経る菜虫哉
こちら向け我もさびしき秋の暮
この秋は何で年寄る雲に鳥
この道を行く人なしに秋の暮
淋しさや釘に掛けたるきりぎりす
寂しさや須磨に勝ちたる浜の秋
白髪抜く枕の下やきりぎりす
月さびよ明智が妻の話せむ
蛤のふたみにわかれ行秋ぞ
ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿
病雁の夜寒に落ちて旅寝哉
見送りのうしろや寂し秋の風
やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
痩せながらわりなき菊のつぼみ哉
行く秋や身に引きまとふ三布蒲団
義仲の寝覚めの山か月悲し
よるべをいつ一葉に虫の旅寝して

秋の風情

あの雲は稲妻を待つたより哉
石山の石より白し秋の風
稲雀茶の木畠や逃げ処
稲こきの姥もめでたし菊の花
猪の床にも入るやきりぎりす
猪もともに吹かるる野分かな
牛部屋に蚊の声暗き残暑哉
枝ぶりの日ごとに変る芙蓉かな
枝もろし緋唐紙破る秋の風
榎の実散る椋の羽音や朝嵐
起きあがる菊ほのかなり水のあと
送られつ別れつ果ては木曽の秋
風色やしどろに植ゑし庭の秋
刈り跡や早稲かたかたの鴫の声
刈りかけし田面の鶴や里の秋
菊鶏頭切り尽しけり御命講
木の葉散る桜は軽し檜木笠
桐の木に鶉鳴くなる塀の内
愚案ずるに冥土もかくや秋の暮
この道を行く人なしに秋の暮
霧雨の空を芙蓉の天気哉
声澄みて北斗にひびく砧哉
猿引は猿の小袖を砧哉
死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮
しほらしき名や小松吹萩すすき
秋海棠西瓜の色に咲きにけり
白菊の目に立て見る塵もなし
塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店
蕎麦はまだ花でもてなす山路かな
蕎麦も見てけなりがらせよ野良の萩
旅に飽きてけふ幾日やら秋の風
蝶も来て酢を吸ふ菊の鱠哉
蔦の葉は昔めきたる紅葉哉
撫子の暑さ忘るる野菊かな
波の間や小貝にまじる萩の塵
煮麺の下焚きたつる夜寒哉
庭掃いて出でばや寺に散る柳
濡れて行くや人もをかしき雨の萩
鳩の声身に入みわたる岩戸哉
一露もこぼさぬ菊の氷かな
日にかかる雲やしばしの渡り鳥
ひやひやと壁をふまえて昼寝哉
ひよろひよろと尚露けしや女郎花

仲秋の名月

雲をりをり人をやすめる月見かな
けふの今宵寝る時もなき月見哉
木を切りて本口見るや今日の月
この松の実生えせし代や神の秋
米くるる友を今宵の月の客
今宵の月磨ぎ出せ人見出雲守
今宵誰吉野の月も十六里
衣着て小貝拾はん種の月
盃に三つの名を飲む今宵かな
座頭かと人に見られて月見哉
賎の子や稲摺りかけて月を見る
柴の戸の月やそのまま阿弥陀坊
錠明けて月さし入れよ浮御堂
蒼海の浪酒臭し今日の月
たんだすめ住めば都ぞ今日の月
月いづく鐘は沈める海の底

月影や四門四宗もただ一つ
月清し遊行の持てる砂の上
月十四日今宵三十九の童部
月さびよ明智が妻の話せむ
月代や膝に手を置く宵の宿
月澄むや狐こはがる児の供
月のみか雨に相撲もなかりけり
月はやし梢は雨を持ちながら
月に名を包みかねてや痘瘡の神
月見する座にうつくしき顔もなし
月見せよ玉江の芦を刈らぬ先
月はやし梢は雨を持ちながら
寺に寝てまこと顔なる月見かな
中山や越路も月はまた命
夏かけて名月暑き涼み哉
何事の見立てにも似ず三日の月
萩原や一夜はやどせ山の犬

橋桁の忍は月の名残り哉
芭蕉葉を柱に懸けん庵の月
古き名の角鹿や恋し秋の月
升買うて分別替る月見哉
三井寺の門敲かばや今日の月
三日月の地はおぼろ也蕎麦の花
三ケ月や朝顔の夕べ蕾むらん
武蔵野の月の若生えや松島種
名月に麓の霧や田の曇り
名月の出ずるや五十一ヶ条
名月の花かと見えて綿畠
名月の見所問はん旅寝せん
名月はふたつ過ぎても瀬田の月
名月や池をめぐりて夜もすがら
名月や海に向かへば七小町
名月や門にさしくる潮がしら
名月や座に美しき顔もなし
名月や児立ち並ぶ堂の縁

名月や北国日和定めなき

やすやすと出でていざよふ月の雲
義仲の寝覚めの山か月悲し
虫は月下の栗を穿
わが宿は四角な影を窓の月

 

えびす講/御命講

恵比須講酢売に袴着せにけり
振売の雁あはれなり恵美須講
御命講や油のような酒五升

菊鶏頭切り尽しけり御命講

秋を経て蝶もなめるや菊の露
朝茶飲む僧静かなり菊の花
起きあがる菊ほのかなり水のあと
折々は酢になる菊の肴かな
影待や菊の香のする豆腐串
寒菊や醴造る窓の前
菊鶏頭切り尽しけり御命講
菊に出でて奈良と難波は宵月夜
菊の香にくらがり登る節句かな
菊の香や奈良には古き仏達

菊の香や奈良は幾世の男ぶり
菊の香や庭に切れたる履の底
菊の露落ちて拾へば零余子かな
菊の後大根の外更になし
菊の花咲くや石屋の石の間
草の戸や日暮れてくれし菊の酒
琴箱や古物店の背戸の菊
盃の下ゆく菊や朽木盆
盃や山路の菊と是を干す
白菊の目に立て見る塵もなし
白菊よ白菊よ恥長髪よ長髪よ
蝶も来て酢を吸ふ菊の鱠哉
早く咲け九日も近し菊の花

見所のあれや野分の後の菊

痩せながらわりなき菊のつぼみ哉
山中や菊は手折らぬ湯の匂

 

冬の景色・時雨

秋もはやはらつく雨に月の形
いざ子供走りありかん玉霰
いづく時雨傘を手に提げて帰る僧
馬方は知らじ時雨の大井川
海暮れて鴨の声ほのかに白し
枯枝に烏のとまりたるや秋の暮
京に飽きてこの木枯や冬住ひ
今日ばかり人も年寄れ初時雨
きりぎりす忘れ音に啼く火燵哉
金屏の松の古さよ冬籠り
木枯に岩吹きとがる杉間かな
凩に匂ひやつけし返り花
木枯しや竹に隠れてしづまりぬ
三尺の山も嵐の木の葉哉
塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店
しぐるるや田の新株の黒むほど
時雨をやもどかしがりて松の雪
霜の後撫子咲ける火桶哉
新藁の出初めて早き時雨哉
水仙や白き障子のとも移り
雑水に琵琶聴く軒の霰かな
茸狩やあぶなきことに夕時雨
長嘯の墓もめぐるか鉢叩き

月花の愚に針立てん寒の入り
作りなす庭をいさむる時雨かな
初時雨猿も小蓑を欲しげなり
花みな枯れてあはれをこぼす草の種
人々をしぐれよ宿は寒くとも
屏風には山を画書いて冬籠り
比良三上雪さしわたせ鷺の橋
冬庭や月もいとなる虫の吟
山城へ井出の駕籠借る時雨哉

 

冬の寒さ・冬の夜

生きながら一つに氷る海鼠かな
埋火や壁には客の影法師
面白し雪にやならん冬の雨
折々に伊吹を見ては冬籠り
瓶割るる夜の氷の寝覚め哉
乾鮭も空也の痩も寒の中
雁さわぐ鳥羽の田面や寒の雨
寒菊や醴造る窓の前
寒菊や粉糠のかかる臼の端
けごろもにつつみて温し鴨の足
こがらしや頬腫痛む人の顔
ごを焚いて手拭あぶる寒さ哉

さし籠る葎の友か冬菜売り

しのぶさへ枯れて餅買ふやどりかな
柴の戸に茶を木の葉掻く嵐かな
霜の後撫子咲ける火桶哉
芹焼や裾輪の田井の初氷
千鳥立ち更け行く初夜の日枝颪
月白き師走は子路が寝覚め哉
月花の愚に針立てん寒の入り
露凍てて筆に汲み干す清水哉
霜を着て風を敷き寝の捨子哉
納豆切る音しばし待て鉢叩き
葱白く洗ひたてたる寒さ哉
冬籠りまた寄りそはんこの柱
冬知らぬ宿や籾摺る音霰
冬庭や月もいとなる虫の吟
冬の日や馬上に凍る影法師
振売の雁あはれなり恵美須講
行く雲や犬の駆け尿村時雨
夜すがらや竹氷らする今朝の霜

初雪・雪

霰せば網代の氷魚を煮て出さん
霰まじる帷子雪は小紋かな
いざ子供走りありかん玉霰
石山の石にたばしる霰哉
市人よこの笠売らう雪の笠
馬をさえ眺むる雪の朝かな
きみ火をたけよき物見せん雪丸げ
狂句木枯しの身は竹斎に似たるかな
草枕犬も時雨るるか夜の声
今朝の雪根深を園の枝折哉
こがらしや頬腫痛む人の顔
米買ひに雪の袋や投頭巾
少将の尼の話や志賀の雪
庭掃きて雪を忘るる帚かな
初時雨猿も小蓑を欲しげなり
初雪やいつ大仏の柱立
初雪や幸ひ庵にまかりある
初雪や水仙の葉のたわむまで
初雪や聖小僧が笈の色
初雪に兎の皮の髭作れ
初雪や懸けかかりたる橋の上
箱根こす人も有るらし今朝の雪
ひごろ憎き烏も雪の朝哉
二人見し雪は今年も降りけるか
水取りや氷の僧の沓の音
餅雪を白糸となす柳哉
雪散るや穂屋の薄の刈り残し
雪の朝独干鮭を噛み得タリ
雪や砂馬より落ちよ酒の酔
雪を待つ上戸の顔や稲光

年末

有明も三十日に近し餅の音
魚鳥の心は知らず年忘れ
かくれけり師走の海のかいつぶり
乾鮭も空也の痩も寒の中
暮れ暮れて餅を木魂の侘寝哉
古法眼出どころあはれ年の暮
これや世の煤に染まらぬ古合子
せつかれて年忘れする機嫌かな
煤掃は己が棚つる大工かな
煤掃は杉の木の間の嵐哉
須磨の浦の年取り物や柴一把
節季候の来れば風雅も師走哉
節季候を雀の笑ふ出立かな
旅寝よし宿は師走の夕月夜
長嘯の墓もめぐるか鉢叩き
年暮れぬ笠きて草鞋はきながら
年の市線香買ひに出でばやな
月白き師走は子路が寝覚め哉
なかなかに心をかしき臘月哉
納豆切る音しばし待て鉢叩き
何にこの師走の市にゆく烏
なりにけりなりにけりまで年の暮
盗人に逢うた夜もあり年の暮れ
蛤の生けるかひあれ年の暮
半日は神を友にや年忘れ
人に家を買はせて我は年忘れ
分別の底たたきけり年の昏
皆拝め二見の七五三を年の暮
忘れ草菜飯に摘まん年の暮

猪もともに吹かるる野分かな
見所のあれや野分の後の菊

起きあがる菊ほのかなり水のあと

隠棲

朝茶飲む僧静かなり菊の花
五つ六つ茶の子にならぶ囲炉裏哉
折々に伊吹を見ては冬籠り
草の戸を知れや穂蓼に唐辛子
九たび起きても月の七ツ哉
椹や花なき蝶の世捨酒
この宿は水鶏も知らぬ扉かな
籠り居て木の実草の実拾はばや
さし籠る葎の友か冬菜売り
柴の戸の月やそのまま阿弥陀坊
年の市線香買ひに出でばやな
独り尼藁屋すげなし白躑躅
冬籠りまた寄りそはんこの柱
先づ頼む椎の木も有り夏木立
道ほそし相撲取り草の花の露
雪の朝独干鮭を噛み得タリ
留守のまに荒れたる神の落葉哉
侘びて澄め月侘斎が奈良茶歌

笈の小文

足洗うてつひ明けやすき丸寝かな
いざ行かむ雪見にころぶ所まで
凍て解けて筆に汲み干す清水哉
芋植ゑて門は葎の若葉かな
梅の木に猶宿り木や梅の花
御子良子の一本ゆかし梅の花
面白し雪にやならん冬の雨
神垣や思ひもかけず涅槃像
枯芝ややや陽炎の一二寸
かたつぶり角振り分けよ須磨明石
徒歩ならば杖突坂を落馬かな
香に匂へうに掘る岡の梅の花
紙衣の濡るとも折らん雨の花
香を探る梅に蔵見る軒端かな
京まではまだ半空や雪の雲
薬飲むさらでも霜の枕かな
草臥れて宿かるころや頃や藤の花
この山のかなしさ告げよ野老掘
盃に泥な落しそ群燕
さまざまのこと思ひ出す桜かな
寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき
丈六に陽炎高し石の上
城跡や古井の清水まづ訪はん
鷹一つ見付けてうれし伊良湖崎
楽しさや青田に涼む水の音
旅に飽きてけふ幾日やら秋の風
旅寝して見しやうき世の煤はらい
旅人とわが名呼ばれん初しぐれ
ためつけて雪見にまかる紙子かな
露凍てて筆に汲み干す清水哉
手鼻かむ音さへ梅の盛り哉
磨ぎなほす鏡も清し雪の花
夏来てもただひとつ葉の一葉かな
何の木の花とはしらず匂かな
箱根こす人も有るらし今朝の雪
裸にはまだ衣更着の嵐かな
初桜折りしも今日はよき日なり
花盛り山は日ごろの朝ぼらけ
春たちてまだ九日の野山かな
春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
二日にもぬかりはせじな花の春
旧里や臍の緒に泣く年の暮
冬の日や馬上に凍る影法師
星崎の闇を見よとや啼く千鳥
見渡せば詠むれば見れば須磨の秋
麦生えてよき隠れ家や畑村
物の名を先づ問ふ蘆の若葉かな
もろき人にたとへん花も夏野哉
吉野にて桜みせうぞ檜笠
世の夏や湖水に浮む浪の上

おかしさ

海士の屋は小海老にまじるいとど哉
あら何ともなや昨日は過ぎて河豚汁
烏賊売の声まぎらはし杜宇
五つ六つ茶の子にならぶ囲炉裏哉
猪の床にも入るやきりぎりす

梅白し昨日や鶴を盗まれし
折々は酢になる菊の肴かな
顔に似ぬ発句も出でよ初桜
かくれけり師走の海のかいつぶり
獺の祭見て来よ瀬田の奥
蜘蛛何と音をなにと鳴く秋の風
この槌のむかし椿か梅の木か
盃に三つの名を飲む今宵かな
塩にしてもいざ言伝ん都鳥
月十四日今宵三十九の童部
摘みけんや茶を凩の秋とも知で
寺に寝てまこと顔なる月見かな
手鼻かむ音さへ梅の盛り哉
唐黍や軒端の萩の取りちがえ
蚤虱馬の尿する枕もと
蓮の香を目にかよはすや面の鼻
花に明かぬ嘆きや我が歌袋
葉にそむく椿の花やよそ心
振売の雁あはれなり恵美須講
古畑やなづな摘みゆく男ども

町医師や屋敷方より駒迎へ
昔聞け秩父殿さへすまふとり
物好きや匂はぬ草にとまる蝶
物ほしや袋のうちの月と花
道のべの木槿は馬に食はれけり
見渡せば詠むれば見れば須磨の秋
飯あふぐ嬶が馳走や夕涼み
夕顔や秋はいろいろの瓢哉
龍宮も今日の潮路や土用干
笑ふべし泣くべしわが朝顔の凋む時

画讃

秋の色糠味噌壷もなかりけり
稲妻や顔のところが薄の穂
幼名や知らぬ翁の丸頭巾
木枯しや竹に隠れてしづまりぬ
こちら向け我もさびしき秋の暮
月か花か問へど四睡が鼾哉
月花もなくて酒のむ独り哉
西行の草鞋もかかれ松の露
須磨の浦の年取り物や柴一把
白魚や黒き目を明く法の網
旅寝して我が句を知れや秋の風
散る花や鳥も驚く琴の塵
鶴鳴くやその声に芭蕉破れぬべし
たふとさや雪降らぬ日も蓑と笠
たわみては雪待つ竹の気色かな
散る花や鳥も驚く琴の塵
撫子にかかる涙や楠の露
降らずとも竹植うる日は蓑と笠
前髪もまだ若艸の匂ひかな
見所のあれや野分の後の菊
物ほしや袋のうちの月と花
葎さへ若葉はやさし破れ家
山吹や宇治の焙炉の匂ふ時
夜すがらや竹氷らする今朝の霜

語られぬ湯殿にぬらす袂かな
紅梅や見ぬ恋作る玉簾
月澄むや狐こはがる児の供
猫の恋やむとき閨の朧月
猫の妻竃の崩れより通ひけり
合歓の木の葉越しも厭へ星の影
一家に遊女もねたり萩と月
またうどな犬ふみつけて猫の恋

危険

桟橋や命をからむ蔦葛
桟や先づ思い出づ駒迎へ

信仰

あらたふと青葉若葉の日の光
ありがたや雪をかをらす南谷
稲妻に悟らぬ人の貴さよ
うたがふな潮の花も浦の春
神垣や思ひもかけず涅槃像
雲の峰いくつ崩れて月の山
この松の実生えせし代や神の秋
白魚や黒き目を明く法の網
涼しさやほの三日月の羽黒山
月影や四門四宗もただ一つ
月清し遊行の持てる砂の上
尊さに皆おしあひぬ御遷宮
涅槃会や皺手合する数珠の音
春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
世に盛る花にも念仏申しけり

雨の日や世間の秋を堺町
実にや月間口千金の通り町
蘭の香や蝶の翅に薫物す

西行

芋洗ふ女西行ならば歌詠まむ
硯かと拾ふやくぼき石の露
硯かと拾ふやくぼき石の露
忘れずば小夜の中山にて涼め

色彩

青くてもあるべきものを唐辛子
青ざしや草餅の穂に出でつらん
青柳の泥にしだるる潮干かな
秋風の吹けども青し栗の毬
あらたふと青葉若葉の日の光
髪はえて容顔蒼し五月雨
青滝や波に散り込む青松葉
楽しさや青田に涼む水の音
苣はまだ青葉ながらに茄子汁
初秋や海も青田も一みどり
行く秋のなほ頼もしや青蜜柑

明ぼのやしら魚しろきこと一寸
鮎の子の白魚送る別れ哉
家はみな杖に白髪の墓参り
石山の石より白し秋の風
海暮れて鴨のこゑほのかに白し

梅白し昨日ふやを盗まれし
白魚や黒き目を明く法の網
白髪抜く枕の下やきりぎりす
白菊の目に立て見る塵もなし
白菊よ白菊よ恥長髪よ長髪よ
 海暮れて鴨のこゑほのかに白し
梅白し昨日ふやを盗まれし
白魚や黒き目を明く法の網
白芥子に羽もぐ蝶の形見かな
白芥子や時雨の花の咲きつらん
白露もこぼさぬ萩のうねり哉
白炭やかの浦島が老の箱
水仙や白き障子のとも移り
その匂ひ桃より白し水仙花
月白き師走は子路が寝覚め哉
葱白く洗ひたてたる寒さ哉
花にうき世我が酒白く飯黒し
独り尼藁屋すげなし白躑躅
餅雪を白糸となす柳哉

藻にすだく白魚やとらば消えぬべき
夕顔の白ク夜ルの後架に紙燭とりて
雪薄し白魚白きこと一寸
 

師弟

青くてもあるべきものを唐辛子
秋近き心の寄るや四畳半
秋の夜を打ち崩したる咄かな
朝顔に我は飯食う男哉
紫陽花や薮を小庭の別座舗
五つ六つ茶の子にならぶ囲炉裏哉
いでや我よき布着たり蝉衣
埋火や壁には客の影法師
梅若菜丸子の宿のとろろ汁
うらやまし浮世の北の山桜
幼名や知らぬ翁の丸頭巾
おもしろき秋の朝寝や亭主ぶり
顔に似ぬ発句も出でよ初桜
君や蝶我や荘子が夢心
草枕まことの華見しても来よ
葛の葉の面見せけり今朝の霜
この心推せよ花に五器一具
さればこそ荒れたきままの霜の宿
椎の花の心にも似よ木曽の旅
涼しさを飛騨の工が指図かな
袖の色よごれて寒し濃鼠
その匂ひ桃より白し水仙花
蕎麦はまだ花でもてなす山路かな
旅人の心にも似よ椎の花
誰やらがかたちに似たり今朝の春
塚も動けわが泣く声は秋の風
月さびよ明智が妻の話せむ
月代や膝に手を置く宵の宿
月やその鉢木の日のした面
鶴の毛の黒き衣や花の雲
当帰よりあはれは塚の菫草
冬瓜やたがひに変る顔の形
難波津や田螺の蓋も冬ごもり
東西あはれさひとつ秋の風
人に家を買はせて我は年忘れ
二人見し雪は今年も降りけるか
両の手に桃と桜や草の餅
わが衣に伏見の桃の雫せよ
我がためか鶴食み残す芹の飯
我が宿は蚊の小さきを馳走かな

我に似るなふたつに割れし真桑瓜

杜国再会

いらご崎似るものもなし鷹の声
梅椿早咲き褒めん保美の里

ごを焚いて手拭あぶる寒さ哉
さればこそ荒れたきままの霜の宿

白芥子に羽もぐ蝶の形見かな
鷹一つ見付けてうれし伊良湖崎
冬の日や馬上に凍る影法師
まづ祝へ梅を心の冬籠り

麦生えてよき隠れ家や畑村

雪や砂馬より落ちよ酒の酔

雪と雪今宵師走の名月か
夢よりも現の鷹ぞ頼もしき
吉野にて桜みせうぞ檜笠

祝辞(祝典)

祖父親孫の栄えや柿蜜柑
口切に堺の庭ぞなつかしき

尊がる涙や染めて散る紅葉
七株の萩の千本や星の秋
初午に狐の剃りし頭哉
花と実と一度に瓜の盛りかな
百歳の気色を庭の落葉哉
皆出でて橋を戴く霜路哉
桃の木のその葉散らすな秋の風

食物

青ざしや草餅の穂に出でつらん
秋涼し手ごとにむけや瓜茄子
朝露や撫でて涼しき瓜の土
明日は粽難波の枯葉夢なれや
烏賊売の声まぎらはし杜宇
色付くや豆腐に落ちて薄紅葉
梅若菜丸子の宿のとろろ汁
瓜作る君があれなと夕涼み
瓜の皮剥いたところや蓮台野
御命講や油のような酒五升
影待や菊の香のする豆腐串
鰹売りいかなる人を酔はすらん
木曽の橡浮世の人の土産かな
清滝の水汲ませてやところてん
子供等よ昼顔咲きぬ瓜剥かん
盃の下ゆく菊や朽木盆
盃や山路の菊と是を干す
皿鉢もほのかに闇の宵涼み
汐越や鶴脛ぬれて海涼し
芹焼や裾輪の田井の初氷
雑水に琵琶聴く軒の霰かな
蕎麦はまだ花でもてなす山路かな
苣はまだ青葉ながらに茄子汁
蝶も来て酢を吸ふ菊の鱠哉
月花もなくて酒のむ独り哉
煮麺の下焚きたつる夜寒哉
呑み明けて花生にせん二升樽
初真桑四つにや断たん輪に切らん
花と実と一度に瓜の盛りかな
粟稗にとぼしくもあらず草の庵
身にしみて大根からし秋の風
飯あふぐ嬶が馳走や夕涼み
柳行李片荷は涼し初真桑
闇の夜きつね下はふ玉真桑
夕にも朝にもつかず瓜の花
我がためか鶴食み残す芹の飯
忘れ草菜飯に摘まん年の暮

静寂

朝茶飲む僧静かなり菊の花
鐘消えて花の香は撞く夕哉
冬庭や月もいとなる虫の吟
古池や蛙飛びこむ水の音
門に入れば蘇鉄に蘭のにほひ哉

旅の苦しさ・旅情

秋十年却って江戸を指す故郷
あさむつや月見の旅の明け離れ
足洗うてつひ明けやすき丸寝かな
鮎の子の白魚送る別れ哉
いざ共に穂麦喰はん草枕
命なりわづかの笠の下涼み
十六夜もまだ更科の郡かな
憂き人の旅にも習へ木曽の蝿
馬に寝て残夢月遠し茶のけぶり
梅若菜丸子の宿のとろろ汁
送られつ別れつ果ては木曽の秋
おもしろや今年の春も旅の空
借りて寝ん案山子の袖や夜半の霜
草枕犬も時雨るるか夜の声
水鶏啼くと人のいへばや佐屋泊り

草枕まことの華見しても来よ
薬飲むさらでも霜の枕かな
草臥れて宿かる頃や藤の花
雲とへだつ友かや雁の生き別れ
この海に草鞋捨てん笠時雨
この心推せよ花に五器一具
篠の露袴に掛けし茂り哉
死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮
煤掃は杉の木の間の嵐哉
住みつかぬ旅の心や置炬燵
旅寝して我が句を知れや秋の風
夏衣いまだ虱を取り尽さず

野ざらしを心に風のしむ身かな
  • 旅烏古巣は梅になりにけり
  • 旅に飽きてけふ幾日やら秋の風
  • 旅に病で夢は枯野をかけ廻る
  • 旅寝して見しやうき世の煤はらい
  • 旅寝して我が句を知れや秋の風
  • 旅寝よし宿は師走の夕月夜
  • 旅人とわが名呼ばれん初しぐれ
  • 旅人の心にも似よ椎の花

    秋に添うて行かばや末は小松川
    暑き日を海にいれたり最上川
    涼しさや海に入れたる最上川
    あつみ山や吹浦かけて夕涼み
    鮎の子の白魚送る別れ哉行く春や鳥啼き魚の目は泪)
    ありがたやいただいて踏む橋の霜(皆出でて橋を戴く霜路哉 )
    初雪や懸けかかりたる橋の上
    漁り火に鰍や浪の下むせび
    芋洗ふ女西行ならば歌詠まむ
    馬方は知らじ時雨の大井川
    五月雨の空吹き落せ大井川
    大井川(清滝や)波に塵なし夏の月
    起きあがる菊ほのかなり水のあと
    おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな
    桟橋や命をからむ蔦葛
    桟橋や先づ思い出づ駒迎へ
    辛崎の松は花より朧にて
    獺の祭見て来よ瀬田の奥
    川風や薄柿着たる夕涼み
    川上とこの川下や月の友
    観音のいらか見やりつ花の雲
    五月雨に隠れぬものや瀬田の橋
    五月雨は滝降り埋むみかさ哉
    五月雨も瀬踏み尋ねぬ見馴河
    五月雨や龍燈あぐる番太郎
    水学も乗り物貸さん天の川
    高水に星も旅寝や岩の上
    なまぐさし小菜葱が上の鮠の腸
    橋桁の忍は月の名残り哉
    花見にと指す船遅し柳原
    船足も休む時あり浜の桃
    蛍見や船頭酔うておぼつかな
    ほととぎす声や横たふ水の上
    又やたぐひ長良の川の鮎鱠
    水寒く寝入りかねたる鴎かな
    宮守よわが名を散らせ木葉川
    龍門の花や上戸の土産にせん
    風の香も南に近し最上川
    一時雨礫や降って小石川
    古川にこびて目を張る柳かな
     

  • 鹿島詣

    芋の葉や月待つ里の焼畑
    刈りかけし田面の鶴や里の秋
    この松の実生えせし代や神の秋
    賎の子や稲摺りかけて月を見る
    月はやし梢は雨を持ちながら
    寺に寝てまこと顔なる月見かな
    萩原や一夜はやどせ山の犬

    野ざらし紀行

    秋風や薮も畠も不破の関
    秋十年却って江戸を指す故郷
    あけぼのや白魚白きこと一寸
    遊び来ぬ鰒釣りかねて七里まで
    いざ共に穂麦喰はん草枕
    市人よこの笠売らう雪の笠
    命二つの中にいきたる桜かな

    芋洗ふ女西行ならば歌詠まむ
    団扇もてあふがん人のうしろむき
    馬に寝て残夢月遠し茶のけぶり
    馬をさえ眺むる雪の朝かな
    海暮れて鴨の声ほのかに白し
    梅恋ひて卯の花拝む涙かな
    梅白し昨日や鶴を盗まれし
    思ひ立つ木曽や四月の桜狩り
    樫の木の花にかまはぬ姿かな
    杜若われに発句の思ひあり
    辛崎の松は花より朧にて
    碪打ちてわれに聞かせよ坊が妻
    霧しぐれ富士を見ぬ日ぞおもしろき
    草枕犬も時雨るるか夜の声
    苔埋む蔦のうつつの念仏哉
    この海に草鞋捨てん笠時雨
    御廟年経て偲ぶは何をしのぶ草
    猿を聞く人捨子に秋の風いかに
    死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮
    白芥子に羽もぐ蝶の形見かな
    しのぶさへ枯れて餅買ふやどりかな
    僧朝顔幾死に返る法の松
    誰が聟ぞ歯朶に餅負ふ丑の年
    旅寝して我が句を知れや秋の風
    蔦植ゑて竹四五本の嵐かな
    露とくとく試みに浮世すすがばや
    月華の是やまことのあるじ達
    手にとらば消えん涙ぞ熱き秋の霜
    年暮れぬ笠きて草鞋はきながら
    鳥刺も竿や捨てけんほととぎす
    夏衣いまだ虱を取り尽さず
    菜畠に花見顔なる雀哉
    子の日しに都へ行かん友もがな
    野ざらしを心に風のしむ身かな
    春なれや名もなき山の朝霞
    船足も休む時あり浜の桃
    冬知らぬ宿や籾摺る音霰
    冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす
    牡丹蘂深く分け出づる蜂の名残かな
    三十日月なし千年の杉を抱く嵐
    道のべの木槿は馬に食はれけり
    山路来て何やらゆかし菫草
    義朝の心に似たり秋の風
    行く駒の麦に慰むやどりかな
    わが衣に伏見の桃の雫せよ
    綿弓や琵琶に慰む竹の奥

    奥の細道

    あかあかと日はつれなくも秋の風
    秋涼し手ごとにむけや瓜茄子
    あさむつや月見の旅の明け離れ
    朝夜さを誰がまつしまぞ片心

    明日の月雨占なはん比那が嶽
    暑き日を海にいれたり最上川
    あつみ山や吹浦かけて夕すヾみ
    あやめ草足に結ばん草鞋の緒
    鮎の子の白魚送る別れ哉
    荒海や佐渡によこたふ天河
    あらたふと青葉若葉の日の光
    ありがたや雪をかをらす南谷
    漁り火に鰍や浪の下むせび
    石の香や夏草赤く露暑し
    石山の石より白し秋の風
    糸遊に結びつきたる煙
    入逢の鐘もきこえず春の暮
    入りかかる日も糸遊の名残かな
    落ち来るや高久の宿の郭公
    おもしろや今年の春も旅の空
    笈も太刀も五月に飾れ紙幟
    隠れ家や月と菊とに田三反
    かげろふの我が肩に立つ紙子かな
    笠島はいづこ五月のぬかり道
    風の香も南に近し最上川
    語られぬ湯殿にぬらす袂かな
    鐘撞かぬ里は何をか春の暮
    象潟や雨に西施が合歓の花
    木啄も庵は破らず夏木立
    今日よりや書付消さん笠の露
    草の戸も住み替る代ぞ雛の家
    国々の八景さらに気比の月
    熊坂がゆかりやいつの玉祭
    雲の峰いくつ崩れて月の山
    小鯛插す柳涼しや海士が家
    胡蝶にもならで秋経る菜虫哉
    小萩散れますほの小貝小盃
    籠り居て木の実草の実拾はばや
    衣着て小貝拾はん種の月
    桜より松は二木を三月越し
    早苗とる手もとや昔しのぶ摺
    寂しさや須磨に勝ちたる浜の秋
    五月雨の降り残してや光堂
    五月雨は滝降り埋むみかさ哉
    五月雨を集めて早し最上川
    汐越や鶴脛ぬれて海涼し
    しほらしき名や小松吹萩すすき
    閑さや岩にしみ入蝉の声
    しばらくは瀧にこもるや夏の初め
    島々や千々に砕きて夏の海
    涼しさやほの三日月の羽黒山
    涼しさをわが宿にしてねまるなり
    関守の宿を水鶏に問はうもの
    その玉や羽黒にかへす法の月
    そのままよ月もたのまじ伊吹山
    剃り捨てて黒髪山に衣更
    田一枚植ゑて立ち去る柳かな
    田や麦や中にも夏のほととぎす
    塚も動けわが泣く声は秋の風
    月いづく鐘は沈める海の底
    月清し遊行の持てる砂の上
    月見せよ玉江の芦を刈らぬ先
    鶴鳴くやその声に芭蕉破れぬべし
    中山や越路も月はまた命
    夏草や兵どもが夢の跡
    夏山に足駄を拝む首途かな
    波の間や小貝にまじる萩の塵
    西か東かまづ早苗にも風の音
    庭掃いて出でばや寺に散る柳
    濡れて行くや人もをかしき萩薄
    蚤虱馬の尿する枕もと
    野を横に馬引き向けよほととぎす
    田や麦や中にも夏のほととぎす
    月か花か問へど四睡が鼾哉
    月に名を包みかねてや痘瘡の神
    月のみか雨に相撲もなかりけり
    月見せよ玉江の芦を刈らぬ先
    中山や越路も月はまた命
    這ひ出よ飼屋が下の蟾の声
    初真桑四つにや断たん輪に切らん
    鳩の声身に入みわたる岩戸哉
    蛤のふたみにわかれ行秋ぞ
    早く咲け九日も近し菊の花
    一家に遊女もねたり萩と月
    風流の初めや奥の田植歌
    藤の実は俳諧にせん花の跡
    文月や六日も常の夜には似ず
    古き名の角鹿や恋し秋の月
    蛍火の昼は消えつつ柱かな
    ほととぎす裏見の滝の裏表
    秣負う人を枝折の夏野哉
    眉掃を俤にして紅粉の花
    水の奥氷室尋ぬる柳哉
    むざんやな甲の下のきりぎりす
    名月の見所問はん旅寝せん
    名月や北国日和定めなき
    めづらしや山を出羽の初茄子
    物書きて扇引さく余波哉
    桃の木のその葉散らすな秋の風
    薬欄にいづれの花を草枕
    山中や菊は手折らぬ湯の匂
    山も庭に動き入るるや夏座敷
    夕晴れや桜に涼む波の華
    行く春や鳥啼き魚の目は泪
    湯の名残り幾度見るや霧のもと
    湯の名残り今宵は肌の寒からん
    湯をむすぶ誓ひも同じ石清水
    義仲の寝覚めの山か月悲し
    世の人の見付けぬ花や軒の栗
    早稲の香や分け入る右は有磯海

    後の旅

    秋近き心の寄るや四畳半
    秋深き隣は何をする人ぞ
    鶯や竹の子薮に老を鳴く
    数ならぬ身とな思ひそ玉祭
    木隠れて茶摘みも聞くやほととぎす
    五月雨の空吹き落せ大井川
    駿河路や花橘も茶の匂ひ
    たわみては雪待つ竹の気色かな
    苣はまだ青葉ながらに茄子汁

    松風や軒をめぐって秋暮れぬ
    行く秋や手をひろげたる栗の毬

    動物

    秋来ぬと妻恋ふ星や鹿の革
    秋を経て蝶もなめるや菊の露
    曙はまだ紫にほととぎす
    あけぼのや白魚白きこと一寸
    朝な朝な手習ひすすむきりぎりす
    海士の屋は小海老にまじるいとど哉
    烏賊売の声まぎらはし杜宇
    生きながら一つに氷る海鼠かな
    漁り火に鰍や浪の下むせび
    稲妻や闇の方行く五位の声
    猪もともに吹かるる野分かな
    岩躑躅染むる涙やほととぎ朱
    鶯の笠落したる椿かな
    鶯や竹の子薮に老を鳴く
    鶯や餅に糞する縁の先
    鶯や柳のうしろ薮の前
    鶯を魂にねむるか矯柳
    馬に寝て残夢月遠し茶のけぶり
    海暮れて鴨の声ほのかに白し
    梅白し昨日や鶴を盗まれし
    老の名のありとも知らで四十雀
    かたつぶり角振り分けよ須磨明石
    刈り跡や早稲かたかたの鴫の声
    獺の祭見て来よ瀬田の奥
    桐の木に鶉鳴くなる塀の内
    草枕犬も時雨るるか夜の声
    木隠れて茶摘みも聞くやほととぎす
    梢よりあだに落ちけり蝉の殻
    胡蝶にもならで秋経る菜虫哉
    猿引は猿の小袖を砧哉
    閑さや岩にしみ入蝉の声
    雀子と声鳴きかはす鼠の巣
    鷹の目も今や暮れぬと鳴く鶉
    鷹一つ見付けてうれし伊良湖崎
    蝶の羽のいくたび越ゆる塀の屋根
    年暮れぬ笠きて草鞋はきながら
    鳥刺も竿や捨てけんほととぎす
    蜻蜒や取りつきかねし草の上
    夏草に富貴を飾れ蛇の衣
    夏草や我先達ちて蛇狩らん
    何にこの師走の市にゆく烏
    猫の恋やむとき閨の朧月
    猫の妻竃の崩れより通ひけり
    蚤虱馬の尿する枕もと
    這ひ出よ飼屋が下の蟾の声
    初時雨猿も小蓑を欲しげなり
    鳩の声身に入みわたる岩戸哉
    花に遊ぶ虻な喰ひそ友雀
    ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿
    病雁の夜寒に落ちて旅寝哉
    比良三上雪さしわたせ鷺の橋
    冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす
    蛇食ふと聞けばおそろし雉子の声
    ほととぎす裏見の滝の裏表
    またうどな犬ふみつけて猫の恋
    麦飯にやつるる恋か猫の妻
    むざんやな甲の下のきりぎりす
    やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
    山は猫ねぶりて行くや雪の隙
    闇の夜きつね下はふ玉真桑
    闇の夜や巣をまどはして鳴く鵆
    行く雲や犬の駆け尿村時雨
    蘭の香や蝶の翅に薫物す

    己が火を木々に蛍や花の宿
    草の葉を落つるより飛ぶ螢哉
    愚に暗く茨を掴む蛍かな
    この螢田毎の月にくらべみん
    蛍火の昼は消えつつ柱かな
    蛍見や船頭酔うておぼつかな
    目に残る吉野を瀬田の螢哉

    いらご崎似るものもなし鷹の声
    鷹の目も今や暮れぬと鳴く鶉
    鷹一つ見付けてうれし伊良湖崎
    夢よりも現の鷹ぞ頼もしき

    からす

    枯枝に烏のとまりたるや秋の暮
    何にこの師走の市にゆく烏
    ひごろ憎き烏も雪の朝哉

    別れ

    秋十年却って江戸を指す故郷
    朝顔は酒盛知らぬ盛り哉
    紫陽花や薮を小庭の別座舗
    あやめ生ひけり軒の鰯のされかうべ
    鮎の子の白魚送る別れ哉
    命二つの中にいきたる桜かな
    憂き人の旅にも習へ木曽の蝿

    送られつ別れつ果ては木曽の秋
    傘に押し分けみたる柳かな
    香を残す蘭帳蘭のやどり哉
    今日よりや書付消さん笠の露
    草いろいろおのおの花の手柄かな
    雲とへだつ友かや雁の生き別れ
    苔埋む蔦のうつつの念仏哉
    この心推せよ花に五器一具
    このほどを花に礼いふ別れ哉
    蒟蒻の刺身もすこし梅の花
    椎の花の心にも似よ木曽の旅
    萎れ伏すや世はさかさまの雪の竹
    白芥子に羽もぐ蝶の形見かな
    旅人の心にも似よ椎の花
    鶴の毛の黒き衣や花の雲
    撫子にかかる涙や楠の露
    何ごとも招き果てたる薄哉
    庭掃いて出でばや寺に散る柳
    野ざらしを心に風のしむ身かな
    蛤のふたみにわかれ行秋ぞ
    早く咲け九日も近し菊の花
    古巣ただあはれなるべき隣かな
    見送りのうしろや寂し秋の風
    麦の穂を力につかむ別れかな
    武蔵野やさはるものなき君が傘
    物書きて扇引さく余波哉
    行く春や鳥啼き魚の目は泪
    行く春を近江の人と惜しみける
    湯の名残り幾度見るや霧のもと
    湯の名残り今宵は肌の寒からん
    別れ端や笠手に提げて夏羽織
    忘れずば小夜の中山にて涼め

    貧乏

    秋の色糠味噌壷もなかりけり
    海士の屋は小海老にまじるいとど哉
    有難き姿拝まんかきつばた
    いでや我よき布着たり蝉衣
    隠さぬぞ宿は菜汁に唐辛子
    草の戸を知れや穂蓼に唐辛子
    米買ひに雪の袋や投頭巾
    猿引は猿の小袖を砧哉
    躑躅生けてその陰に干鱈割く女
    なに喰うて小家は秋の柳陰
    南無ほとけ草の台も涼しかれ
    花にうき世我が酒白く飯黒し
    貧山の釜霜に鳴く声寒し
    もの一つ瓢はかろきわが世かな
    葎さへ若葉はやさし破れ家
    雪の朝独干鮭を噛み得タリ
    四つ五器のそろはぬ花見心哉
    我が宿は蚊の小さきを馳走かな

    幽玄の世界

    荻の穂や頭をつかむ羅生門
    俤や姥ひとり泣く月の友

    おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな
    象潟や雨に西施が合歓の花
    月清し遊行の持てる砂の上

    家はみな杖に白髪の墓参り
    鶯や竹の子薮に老を鳴く
    姥桜咲くや老後の思ひ出
    老の名のありとも知らで四十雀
    衰ひや歯に喰ひ当てし海苔の砂
    俤や姥ひとり泣く月の友
    牡蠣よりは海苔をば老の売りもせで
    この秋は何で年寄る雲に鳥
    塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店
    白髪抜く枕の下やきりぎりす
    白炭やかの浦島が老の箱
    冬瓜やたがひに変る顔の形
    たふとさや雪降らぬ日も蓑と笠
    花みな枯れてあはれをこぼす草の種
    蛤の生けるかひあれ年の暮
    やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
    炉開きや左官老い行く鬢の霜

    その他・人生

    秋深き隣は何をする人ぞ
    明日は粽難波の枯葉夢なれや
    有難き姿拝まんかきつばた
    生きながら一つに氷る海鼠かな
    稲妻に悟らぬ人の貴さよ
    稲妻を手にとる闇の紙燭哉
    団扇もてあふがん人のうしろむき
    おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな
    風薫る羽織は襟もつくろはず
    門松やおもへば一夜三十年
    香を残す蘭帳蘭のやどり哉
    胡蝶にもならで秋経る菜虫哉
    子に飽くと申す人には花もなし
    この槌のむかし椿か梅の木か
    この道を行く人なしに秋の暮
    薦を着て誰人います花の春
    これや世の煤に染まらぬ古合子
    愚に暗く茨を掴む蛍かな
    霜を踏んでちんば引くまで送りけり
    旅に病で夢は枯野をかけ廻る
    たふとさや雪降らぬ日も蓑と笠
    年々や猿に着せたる猿の面
    夏来てもただひとつ葉の一葉かな
    なに喰うて小家は秋の柳陰
    庭掃きて雪を忘るる帚かな
    花と実と一度に瓜の盛りかな
    花は賎の目にも見えけり鬼薊
    一家に遊女もねたり萩と月
    ひらひらと挙ぐる扇や雲の峰
    むざんやな甲の下のきりぎりす
    物いへば唇寒し秋の風
    物好きや匂はぬ草にとまる蝶
    物ほしや袋のうちの月と花
    やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
    世にふるも更に宋祇のやどりかな
    我に似るなふたつに割れし真桑瓜