芭蕉db
   桜をば、など寝所にせぬぞ。花に
   寝ぬ春の鳥の心よ

花にねぬ此もたぐいか鼠の巣

(有磯海)

(はなにねぬ これもたぐいか ねずみのす)

花に見る是もたぐひか鼠の巣

(佐郎山)

花に寝(ぬ)たぐひか軒の鼠の巣

(早稲の道)

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 元禄5年春江戸。『源氏物語』から。

花にねぬ此もたぐい(ひ)か鼠の巣

 ねずみの一家が天井裏で騒いでいる。外は桜花爛漫の春だというのに、それには目もくれず天井裏などで騒いでいるのはあたかも鶯が桜花をねぐらとせずにあちこちの木々を飛び回っているのと同類のようだ。
 『源氏物語』若紫の巻で、光源氏が女三の宮以外に紫の上と不倫を続けていることについて、「春の鳥の、桜ひとつにとまらぬ心よ、あやしと覚ゆることぞかし」とあるのを俳諧化したものである。ここに光源氏は鳥=鶯、女三の宮を桜に譬えたのだが、一句では鶯をネズミに譬えて、花ではなく天井裏にこだわるネズミを揶揄しているのである。その奇想天外な対比が面白い。そして、桜の季節に独り天井のネズミの動きに聞き耳を立てている作者の寂寥感も偲ばれて名句になっている。