阿羅野脚注

  巻之五  初冬 仲冬 兼題雪舟 歳暮


曠野集 巻之五

   初冬

あめつちのはなしとだゆる時雨哉   湖春
<あめつちの はなしとだゆる しぐれかな>。この句の原典は『いつを昔』にあって、前詞に「風声ハ天地ノ語ナリとあるを」としているので、そこから解釈すると、風は天と地の間をコミュニケーションするメディアなのだが、時雨が来ると何も聞こえなくなってしまうので、時雨は天と地の会話を邪魔するいたずら者なのだ。典型的な談林俳句。

京なる人に申遣しける
一夜きて三井寺うたへ初しぐれ    尚白
<いちやきて みいでらうたえ たうしぐれ>。この「三井寺」は謡曲『三井寺』のこと。初時雨が来てあまりに感動したので、京の人に手紙を書いた。その内容は、ぜひ私を訪ねてくださって三井寺を一曲謡ってもらいたいものです。

はつしぐれ何おもひ出すこの夕    湍水
<はつしぐれ なにおもいだす このゆうべ>。冬の到来を告げる初しぐれ。さまざまなことのあったこの年も終わりにさしかかったのだが、さて何か思い出す間もなく時雨は通り過ぎて行ってしまった。

万句興行
見しり逢ふ人のやどりの時雨哉    荷兮
<みしりあう ひとのやどりの しぐれかな>。「万句興行」は多勢で開く句会。百韻を百巻まくという。折りしも時雨が来て、万句興行の場はさしずめ初しぐれの雨宿りをやっているみたいだ。

人を待うくる日
今朝は猶そらばかり見るしぐれ哉   落梧
<けさはなお そらばかりみる しぐれかな>。人が訪れてくるというので、時雨の空が朝から気にかかることだ。

釣がねの下降のこすしぐれ哉     炊玉
<つりがねの したふりのこす しぐれかな>。時雨が大あわてで降り過ぎて行った。みれば釣鐘の下は降り残したか乾いている。

渡し守ばかり簔着るしぐれ哉     傘下
<わたしもり ばかりみのきる しぐれかな>。時雨が渡し舟の上にやってきた。みれば客の誰も雨具の用意は無い。しかし、船頭ばかりはちゃんと蓑を着て時雨対策がちゃんと施してある。

こがらしに二日の月のふきちるか   荷兮
<こがらしに ふつかのつきの ふきちるか>。強烈な凩が吹いている。生まれたばかりの二日の月がその風の中に居る。この分では吹き落とされてしまうのではないか。この句については、『去来抄』にあり、芭蕉は「二日の月」に頼っただけのものと評したという。しかい、この句は人口に膾炙し、荷兮の名を有名にした。

一葉づつ柿の葉みなに成にけり    一髪
<ひとはずつ かきのはみなに なりにけり>。柿の葉の紅葉や落葉は実にばらばらで一斉に紅葉もしないし、一葉一葉その模様も色も違う。また、落葉も同様で一斉に落ちるなどということは無い。それでいて何時しか葉が無くなって、枯れ木になっている。

このはたく跡は淋しき囲爐裏哉    
<このはたく あとはさみしき いろりかな>。囲炉裏に落ち葉を焚くと一気に火勢が増して炎が燃え上がるが、それは一瞬のことですぐに消えて周囲は暗く寒くなる。冬の夜の寂しいこと。

枇杷の花人のわするゝ木陰かな     
<びわのはな ひとのわするる こかげかな>。ビワの実がつくのは梅雨時で、照葉樹であるこの木の影は濃く、暑さよけによい。だだし、そのの花は、前年の晩秋から初冬に咲く。実に地味なものだから誰も開花時期を知らない。

茶の花はものゝつゐでに見たる哉   李晨
<ちゃのはなは もののついでに みたるかな>。茶の花は、山茶花と同じ晩秋に人知れず咲く。楚々とした白い美しい花が咲く。

梨の花しぐれにぬれて猶淋し     野水
<なしのはな しぐれにぬれて なおさみし>。梨の花は梅雨の直前に咲く。だから、ここの梨の花は返り咲きの晩秋の花である。それが時雨に濡れている淋しさは一入である。

蓑虫のいつから見るや帰花      昌碧
<みのむしの いつからみるや かえりばな>。返り咲きの花を眺めていると、自分以外にも蓑虫が蓑から頭を出してこれを見ている。蓑虫よ、お前はいつからこの花を見ていたのだ。

麥まきて奇麗に成し庵哉       
<むぎまきて きれいになりし いおりかな>。周囲の田畑に麦巻が終わって、畝の線が美しい田園風景となった。おかげで薄汚い私の庵までが改まったようにきれいに見える。

のどけしや麥まく比の衣がへ     一井
<のどけしや むぎまくころの ころもがえ>。秋から冬への衣更えは9月1日。しかい、今年は暖かくのどかな小春日和が続いたので麦を蒔く頃にようやく衣更えをした。

縫ものをたゝみてあたる火燵哉    落梧
<ぬいものを たたみてあたる こたつかな>。妻か母か娘か? いずれにせよ近頃の女性の所作には無いのでよく分からないが。。縫い物をしっかり畳んでそれからコタツにあたる。しっかり者の女性のなにげない所作。

石臼の破ておかしやつはの花     胡及
<いしうすの われておかしや つはのはな>。「石蕗」とかいて「ツワブキ」という。キク科の照葉常緑多年草。観賞用に栽培される。10月頃に長い花柄の先に黄色い房状の花をつける。ツワブキには石臼を破るイメージがあって面白いというのだが。。。。

青くともとくさは冬の見物哉     文鱗
<あおくとも とくさはふゆの みものかな>。「トクサ」は「木賊」ともかく。スギナ草の一種で、常緑のシダ植物。これを乾燥させて板材などの磨き(トギ)に使うことからトクサの名前がついたといわれている。常緑だがその単純な形状は冬にふさわしいと、作者はいうのであるが。。。

あたらしき釣瓶にかゝる荵かな    卜枝
<あたらしき つるべにかかる しのぶかな>。井戸の釣る瓶を新調した。それが井戸の周りに生えているシノブ草に触れている。古さを誇る「忍」と新品の釣る瓶の好対象。

冬枯に風の休みもなき野哉      洞雪
<ふゆがれに かぜのやすみも なきのかな>。寒風が小止み無く吹く野原では、草木はつぎつぎと枯れて、枯野が果ても無く広がっていく。作者洞雪<どうせつ>については不明。

蓮池のかたちは見ゆる枯葉哉     一髪
<はすいけの かたちはみゆる かれはかな>。夏にはうっそうと茂っていた蓮田。その頃には、田んぼがどこまで続いているのか形も分からなかったが、いま冬の季節、茎が枯れて蓮田全体の形が見えてきた。

鷹居て石けつまづくかれ野哉     松芳
<たかすえて いしけつまずく かれのかな>。鷹狩のシーン。鷹を片手に乗せて野山を歩いていると、夏なら草木に覆われていてよけていた石を、邪魔が無いのでかえってつまずいて転んだりする。

こがらしに吹とられけり鷹の巾    杏雨
<こがらしに ふきとられけり たかのきん>。こがらしの突風がふいて、頭巾が吹き飛ばされた。この「鷹の布」は鷹=ハヤブサの目隠し用の布か、鷹匠がかぶっていた頭巾かは不明。

鷹狩の路にひきたる蕪哉       蕉笠
<たかがりの みちにひきたる かぶらかな>。領主の殿様が鷹狩をして、カブラ畠を荒らしたのであろう。鷹狩で道になってしまった畑に百姓が出て大根を抜いているのである。罰当たりな領主ではある。ただし、蕪村に「鷹狩や畠も踏まぬ国の守」という句もあった。

寒月
爐を出て度たび月ぞ面白き      野水
<ろをいでて たびたびつきぞ おもしろき>。あたたかい暖炉の室内から外に出て、冬の月を見ると、その素晴らしいこと。あえて出てきたので事のほかに意識して感嘆している自分が居る。

あさ漬の大根あらふ月夜哉      俊似
<あさづけの だいこんあらう つきよかな>。晩秋の日は釣瓶落とし。浅漬け用に大根を洗う作業をする時刻にはとっぷりと日も暮れて、寒月が空にかかっている。その寒い月明かりの中で白い大根を洗うのである。


   仲冬

おろしをく鐘しづかなる霰哉   津島勝吉
<おろしおく かねしずかなる あられかな>。大きな釣鐘を吊るさずに地面に置いてある。そこへ容赦なく霰が降りかかる。大きな鐘は小粒の霰など相手にしないのでチンとも言わない。

しら浪とつれてたばしる霰哉   津島重治
<しらなみと つれてたばしる あられかな>。あられが荒波の波頭を打ちつける。波しぶきと霰が宙に飛び散る。重治<じゅうじ>は尾張津島の人。

掻よする馬糞にまじるあられ哉    林斧
<かきよする ばふんにまじる あられかな>。この時代、馬糞は貴重な肥料であった。街道筋の農家では馬糞拾いも貴重な農作業だった。霰が降って馬糞に突き刺さっている。それをかき集めているのである。

柴の戸をほどく間にやむ霰哉     杏雨
<しばのとを ほどくまにやむ あられかな>。つるで縛っただけの粗末な門口に、霰に降られた人が入ろうとしている。あわててほどいてやるが、ほどき終わった頃には霰は去ってしまう。

いたゞける柴をおろせば霰かな    宗之
<いただける しばをおろせば あられかな>。霰が降ってきたので、背負った柴を頭に戴いて歩いてきた。その荷を降ろしてみると、柴の中にはさまった霰が落ちてくる。作者宗之<そうし>について詳細は不明。

霜の朝せんだんの實のこぼれけり   杜國
<しものあさ せんだんのみの こぼれけり>。センダンの黄色い実は落葉した後も枝について、晩秋の青い空にくっきりと映えている。それが霜の頃に地面に落ちるのだ。

水棚の菜の葉に見たる氷かな     勝吉
<みずだなに なのはにみたる こおりかな>。「水棚」は、台所の流しの所に設けた棚のこと。そこに菜っ葉を置いたのが、朝見てみると凍っている。

深き池氷のときに覗きけり      俊似
<ふかきいけ こおりのときに のぞきけり>。普段は怖くて覗いたことなどない深い池。今は凍っているので安心して覗いてみた。やっぱり深くて怖い。

つきはりてまつ葉かきけり薄氷    除風
<つきわりて まつばかきけり うすごおり>。寒い冬の昼下がり。松葉までが凍った土に張り付いている。焚き木にするためにそれを突き割ってとる。

打おりて何ぞにしたき氷柱哉     夜舟
<うちおりて なにぞにしたき つららかな>。大きなツララを見ると誰でも何かに使えないかと思う。夜舟<やしゅう>について詳細は不明。


  兼題雪舟

峠より雪舟乗をろす塩木哉      鼠彈
<とおげより そりのりおろす しおきかな>。「塩木」は塩の精錬に使う塩釜の薪のこと。その薪をそりに積んで山道を上って峠に着いた。あとは、ただ下るだけの道。苦労がかなえられた。

ぬつくりと雪舟に乗たるにくさ哉   荷兮
<ぬっくりと そりにのりたる にくさかな>。「ぬっくりと」は厚着をしてぬくぬくしている様。人に橇を曳かせて自分は着膨れして乗っている人を見ると頭にくるのである。

夜をこめて雪舟に乗たるよめり哉   長虹
<よをこめて そりにのりたる よめりかな>。「よめり」は「嫁入り」。この時代の結婚式は夜に行われたので、雪国では橇に乗って嫁入りしたのであろう。提灯の灯りの行列は幻想的であったことであろう。

馬屋より雪舟引出朝かな       一井
<うまやより そりひきいだす あしたかな>。大雪になると馬は使えない。今朝の雪では馬は無理だ。今日の荷物運びは、「そり」にしよう。

雪舟引や休むも直に立てゐる     亀洞
<そりひきや やすむもすぐに たっている>。「直に」はぴんと直立しているという意味。橇引きは滑らないように歩くので体を前傾して曳く。休むときには体を直立するだけで休みになるのである。

つけかへておくるゝ雪舟のはや緒哉  含呫
<つけかえて おくるるそりの はやおかな>。「はや緒」は、そりや車の引き綱のこと。『山家集』に、「たゆみつつそりのはや緒も着けなくに積りにけりな越の白雪」がある。一句は、この西行の歌のパロディーである。はや緒を着ければ速くなるなんてとんでもない。綱を取り替えている間にかえって遅れてしまった。

青海や羽白黒鴨赤がしら     白炭ノ忠知
<あおうみや はじろくろがも あかがしら>。海のことを青海原などと「青」の字を当てるが、白いカモメや黒や赤い鴨などがいて、本当は海だって色とりどりなのだ。(第一、作者は白炭の忠知というくらいだ。選者の言?)

舟にたく火に聲たつる衛哉      亀洞
<ふねにたく ひにこえたつる ちどりかな>。浜千鳥は夜友を求めてなくといわれているが、出漁の準備をして舟に松明を焚いているとそれに向かってチドリが鳴いているように見えるのだが。

朝鮮を見たもあるらん友千鳥     村俊
<ちょうせん みたももあるらん ともちどり>。千鳥は日中ははるか沖合いに去り、日暮れて浜辺に帰ってきて仲間と親交を結ぶ。そういう中には、昼間朝鮮まで飛んでいって彼の地を見てきたものもいることだろう。

井を飾る者は六月寒く、米つくおとこは冬
裸かなり
汗出して谷に突こむ氷室哉      冬松
<あせだして たににつきこむ ひむろかな>。6月といえば夏の盛り。それなのに井戸掘りの職人は井戸の底で寒さにふるえている。他方、酒米の米搗き男は寒中に汗をかく。いま、ここでは氷室を作っているが、この冷蔵庫作りでさえ汗をかきながらやっている。氷室は谷間の低地に作られた。

海鼠腸の壺埋めたき氷室哉      利重
<このわたの つぼうずめたき ひむろかな>。「海鼠腸<このわた>」は、ナマコの腸(はらわた)の塩辛のことである。大好物の海鼠腸をこの氷室に入れておいて貰って夏に食べたいものだ。当時、氷室の貯蔵品は主として封建領主や皇室への献上品を貯蔵するためのもので、庶民がこの冷蔵庫を利用するなどもっての外のことだったのである。

炭竃の穴ふさぐやら薄けぶり     亀洞
<すみがまの あなふさぐやら うすけぶり>。炭焼きは、窖窯式の竈にクヌギなどの材木をならべ、これに火をつける。吸気口のふたを閉めて、空気の量を減らして燃焼させる。やがて、竈から出る煙が薄くなると竈の入り口を密閉して乾留する。こうして、約1週間後に熱が常温に低下するまで乾留を続けると炭ができる。一句は、ちょうど最後の竈の吸気口を閉めるところを描写している。

膝節をつゝめど出るさむさ哉     塩車
<ひざぶしを つつめどいずる さむさかな>。作者の少年時代の回想であろうか。膝小僧を引っ張っても引っ張っても飛び出してくるツンツルテンの着物。何と寒いことでしょう。

火とぼして幾日になりぬ冬椿   加賀一笑
<ひとぼして いくかになりぬ ふゆつばき>。「火とぼして」とは、花が開花することの詩的表現。ここでは寒椿の赤い花の開花が「火」をとぼした色彩感や暖かさの温感も助長する。冬椿よ、お前が開花してからもう何日になる?

いつこけし庇起せば冬つばき     亀洞
<いつこけし ひさしおこせば ふゆつばき>。いつから倒れていたのか古く壊れた庇を起こしてみたら、その下から寒椿の花が顔を出した。

冬籠りまたよりそはん此はしら    芭蕉


   歳暮

餅つきや内にもおらず酒くらひ    李下
<もちつきや うちにもおらず さけくらい>。餅を好きな男と酒を好きな男はそれぞれ別だという俗説がある。筆者は両方とも好きだが。。。さて、酒好きの男ときたら暮の餅つきなどやっていられないとばかりに、外へ行って酒を飲んでいる。

吾書てよめぬもの有り年の暮     尚白
<われかきて よめぬものあり としのくれ>。一年の整理に書き物なども整理していると、中に何を書いたのだか分からないものがある。自分にとって都合の悪いものが読めなくなるのではないか?

もち花の後はすゝけてちりぬべし   野水
<もちばなの あとはすすけて ちりぬべし>。「もち花」は、マユダマのような飾りのことか? 今は花のように美しいが、これとてもやがて乾燥して散ってしまうのだろう。「花」と言ったので「散る」と受けた。

はる近く榾つみかゆる菜畑哉     亀洞
<はるちかく ほたつみかゆる なはたかな>。「榾」は、囲炉裏や竈でたくたきぎ。掘り起こした木の根や樹木の切れはし。「ほたぐい」、「ほたぎ」などとも言う。冬の間燃やし続けてきた榾を積んでいた場所は春になったのでここを菜畠にする。そこで榾を移して積みかえなくてはならない。

煤はらひ梅にさげたる瓢かな     一髪
<すすはらい うめにさげたる ふくべかな>。すす払いの最中、普段壁などに掛けておいた瓢箪を庭先の梅の枝に掛けてみた。結構絵になっている。 

木曽の月みてくる人の、みやげにとて杼の
實ひとつおくらる。年の暮迄うしなはず、
かざりにやせむとて
としのくれ杼の實一つころころと   荷兮
<としのくれ とちのみひとつ ころころと>。芭蕉の句に「木曽の橡浮世の人の土産かな」がある。元禄元年中秋の名月を信州姨捨で見ようと「更科紀行」の旅に、越人は芭蕉の供をする。そのまま江戸にまで着いていき、年末までに名古屋に戻った。そのとき贈られた杼の実が一つ、無くさずに出てきたのである。

門松をうりて蛤一荷ひ        内習
<かどまつを うりてはまぐり ひとにない>。田舎の百姓が天秤棒に一杯の門松を売りに来た。その売上金で蛤を買って帰る。正月の吸い物にするのであろうが、軽々と担いで引き上げていく。作者内習については未詳。

田作に鼠追ふよの寒さ哉       亀洞
<たづくりに ねずみおうよの さむさかな>。「田作」は正月おせち料理の「たづくり」、普段の呼び名は「ごまめ」だ。この田作りのおいしいことをネズミがよく知っていて、これを盗みに来るので台所で見張りをしなくてはいけない。これがまた寒いのだ。


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