去来抄先師評

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先師評        外人之評有といへども先師の一言まじる物は此に記す

 


   
蓬莱に聞ばやいせの初だより          芭蕉
深川よりの文に、句さまざまの評いかヾ聞侍るやと也*。去来都古郷便ともあらず、いせと侍るは元日の式の今様ならぬに、神代をおもひ出でて*便ばやと道祖神の、はや胸中をさはがし奉るとこそ承り侍ると申*。先師返事に曰、汝聞處にたがはず。今日神のかうがうあたりをおもひ出 て、慈鎮和尚にたより、の一字を吟じ侍るなりと也*。清浄のうるはし、神祇のかうがうしきあたりを、蓬莱に対して結たる迄也。汝が聞る所珍重ト也*

   
辛崎の松は花より朧にて        芭蕉
伏見の作者、にて留の難有*。其角曰、にては哉にかよふ。この故に哉どめのほ句に、にて留の第三を嫌ふ。哉といへば句切迫なれバ、にてとハ侍也。呂丸曰、にて留の事は已に其角が解有。又此ハ第三の句也。いかでほ句とはなし給ふや。去來曰、是ハ即興感偶にて、ほ句たる事うたがひなし。第三ハ句案に渡る。もし句案に渡らバ第二等にくだらん。先師重て曰、角・來が辨皆理屈なり。我ハたゞ花より松の朧にて、おもしろかりしのみト也。

   
行春を近江の人とおしみけり     芭蕉
先師曰、尚白が難に、近江は丹波にも、行春ハ行歳にも有べしといへり。汝いかゞ聞侍るや。去來曰、尚白が難あたらず。湖水朦朧として春をおしむに便有べし。殊に今日の上に侍るト申。先師曰、しかり、古人も此國に春を愛する事、おさおさ都におとらざる物を。去來曰、此一言心に徹す。行歳近江にゐ給はゞ、いかでか此感ましまさん。行春丹波にゐまさば本より此情うかぶまじ。風光の人を感動せしむる事、眞成る哉ト申。先師曰、汝ハ去來共に風雅をかたるべきもの也と、殊更に悦給ひけり。

   
此木戸や錠のさゝれて冬の月     其角
猿みの撰の時此句を書おくり、下を冬の月・霜の月置煩ひ侍るよしきこゆ。然るに初は文字つまりて、柴ノ戸と読たり。先師曰、角が冬・霜に煩ふべき句にもあらずとて、冬月ト入集せり。其後大津より先師の文に、柴戸にあらず、此木戸也。かゝる秀逸は一句も大切なれば、たとへ出板に及とも、いそぎ改むべしと也。凡兆曰、柴戸・此木戸させる勝劣なし。去來曰 、此月を柴の戸に寄て見侍れば、尋常の気色也。是を城門にうつして見侍バ、其風情あはれに物すごくいふばかりなし。角が冬・霜に煩ひけるもことはり也。

   うらやましおもひ切時猫の戀     越人

先師伊賀より此句を書贈りて曰く、心に風雅有もの一度口にいでずと云事なし。かれが風流此にいたりて本性をあらはせりト也。此より前、越人名四方に高く、人のもてはやすほ句おほし。しかれども此に至りて、初て本性を顕すとはの給ひけり。

   凩に二日の月のふきちるか        荷兮
   
凩の地にもおとさぬしぐれ哉     去來

去來曰、二日の月といひ、吹ちるかと働たるあたり、予が句に遥か勝れりと覺ゆ。先師曰、兮が句は二日の月といふ物にて作せり。其名目をのぞけばさせる事なし。汝が句ハ何を以て作したるとも見えず。全體の好句也。たゞ地迄とかぎりたる迄の字いやしとて、直したまひけり。初めは地迄おとさぬ也。

   
春風にこかすな雛のかごの衆     萩子
先師此句を評して曰、伊賀の作者あだなる處を作して、尤なつかしと也。丈艸曰、いがのあだなるを、先師はしらずがほなれど、其あだなるは先師のあだならざるゆへ也 。

   
清瀧や浪にちりなき夏の月      ばせを
先師難波の病床に予を召て曰、頃日園女が方にて、しら菊の目にたてゝ見る塵もなしと作す。過し比 ノ句に似たれバ、清瀧の句を案じかえたり。初の草稿野明がかたに有べし。取てやぶるべしと也。然どもはや集々にもれ出侍れば、すつるに及ばず。名人の句に心を用ひ 給ふ事しらるべし。

   
すゞしさの野山にみつる念佛哉    去來
此ハ善光寺如來の洛陽眞如堂に遷座有し時の吟にて、初の冠ハひいやりと也。先師曰、かゝる句は全體おとなしく仕立るもの也。又五文字しかるべからずとて、風薫ルと改め 給ふ。後猿蓑撰の時、再び今の冠に直して入句ましましけり。

   
面梶よ明石のとまり時鳥        野水
猿ミの撰の時、去來曰、此句ハ先師の野をよこに馬引きむけよと同前也。入集すべからず。先師曰 、明石の時鳥といへるもよし。來曰、明石の時鳥はしらず。一句たゞ馬と舟とかえ侍るのみ。句主の手柄なし。先師曰、句の働におゐてハ一歩も動かず。明石を取柄に入れば入れなん。撰者の心なるべしと也。終に是をのぞき侍る。

   
君が春蚊屋はもよぎに極まりぬ    越人
先師語
予曰 、句はおちつかざれば眞のほ句にあらず。越人が句已に落付たりと見ゆれバ、又おもみ出來たり。此句蚊屋ハもよぎに極たるにてたれり。月影朝朗などゝ置て、蚊屋のほ句となすべし。其上にかはらぬ色を君が代に引かけて歳旦となし侍るゆへ、心おもく句きれいならず。汝が句も已に落付處におゐてきづかはず。そこに尻をすゆべからずと也。

   
振舞や下座になをる去年の雛     去來
此句ハ予おもふ處有て作す。五文字古ゑぼし・紙ぎぬ等ハ謂過ぎたり。景物ハ下心徹せず。あさましや・口をしやの類ハはかなしと、今の冠を置て窺ひけれバ、先師曰、五文字に心をこめておかバ、信徳が人の世や成べし。十分ならずとも、振舞にて堪忍有可と也。

   
田のへりの豆つたひ行螢かな
元トハ先師の斧正有し凡兆が句也。猿ミの撰の時、兆曰、此句見る處なし、のぞくべし。去來曰、へり豆を傳ひ行螢火、闇夜の景色風姿ありと乞ふ。兆ゆるざず。先師曰 、兆もし捨バ我ひろハん。幸いがの句に似たる有。其を直し此句となさんとて、終に(萬乎)が句と成けり。

   
大歳をおもへばとしの敵哉      凡兆
元の五文字戀すてふと置て、予が句也。去來曰、このほ句に季なし。信徳曰、戀櫻と置べし。花ノ騒人のおもふ事切也。去來曰、物にハ相應あり。古人花を愛して明るを待、くるゝをおしみ、人をうらみ山野に行迷ひ侍れど、いまだ身命のさたに及バず。櫻とおかば、却て年の敵哉といへる處、あさまに成なん。信徳猶心得ず。重て先師に語る。先師曰、そこらハ信徳がしる處にあらずト也。其後凡兆、大歳をと冠す、先師曰、誠に是の一日千年の敵なり。いしくも置たる物かなと、大笑し給ひけり。

   
散銭も用意がほ也はなの森      去來
 先師曰、花の森とハ聞なれず。名處なるにや。古人も森の花と社申侍れ。詞を細工してかゝる拙き事いふべからずト也。

   月雪や鉢たゝき名は甚之亟      越人
去来曰、猿ミの撰ノ比伊丹の句に、彌兵衛とハしれど憐や鉢扣云有。越が句入集いかゞ侍らん。先師曰 、月雪といへるあたり一句働見へて、しかも風姿有。たゞしれど憐やといひくだせるとハ各別也。されど共に鉢扣の俗體を以て趣向を立、俗名を以て句をかざり侍れば、尤遠慮有べし。又重ての折も有なんと也。

   
切れたるゆめハまことかのみのあと 其角
去來曰、其角ハ誠に作者にて侍る。わづかにのみの喰つきたる事、たれかかくハ謂つくさん。先師曰、しかり、かれハ定家の卿也。さしてもなき事をことごとしくいひつらね侍るときこへし 。評詳に似たり。

   
おとゝひはあの山こえつ花盛り    去來
此ハさるミの二三年前の吟也。先師曰、この句いま聞人有まじ。一兩年を待べしと也。その後杜國が徒と吉野行脚したまひける道よりの文に 、或ハ吉野を花の山といひ、或ハ是はこれハこれはとばかりと聞えしに魂を奪はれ、又ハ其角が櫻さだめよといひしに氣色をとられて、吉野にほ句もなかりき。只一昨日 ハあの山こえつと、日々吟じ行侍るのミ也。その後此ほ句をかたり、人もうけとりけり。今一兩年はやかるべしとハ、いかでかしり給ひけん。予ハ却つてゆめにもしらざる事なりけり。

   
病鴈のよさむに落ちて旅ね哉      ばせを
   
あまのやは小海老にまじるいとゞ哉 同
さるミの撰の時、此内一句入集すべしト也。凡兆曰、病鴈ハさる事なれど、小海老に雑るいとゞハ、句のかけり事あたらしさ、誠に秀逸也 と乞。去來ハ小海老の句ハ珍しといへど、其物を案じたる時ハ、予が口にもいでん。病鴈は格高く趣かすかにして、いかでか爰を案じつけんと論じ、終に兩句ともに乞て入集す。其後先師曰 、病鴈を小海老などゝ同じごとくに論じけりと、笑ひ給ひけり。


   
岩鼻やこゝにもひとり月の客    去來
先師上洛の時、去來曰、洒堂ハ此句ヲ月の猿と申侍れど、予ハ客勝なんと申。いかゞ侍るや。先師曰、猿とハ何事ぞ。汝此句をいかにおもひて作せるや。去來曰、明月に山野吟歩し侍るに、岩頭一人の騒客を見付たると申。先師曰 、こゝにもひとり月の客ト、己と名乗出たらんこそ、幾ばくの風流ならん。たゞ自稱の句となすべし。此句ハ我も珍重して、笈の小文に書入れけるとなん。予が趣向ハ猶二三等もくだり侍りなん。先師の意を以て見れ バ、少狂者の感も有にや。退て考ふるに、自稱の句となし●●れバ、狂者の様もうかみて、はじめの句の趣向にまされる事十倍せり。誠に作者そのこゝろをしらざりけり。

 去來曰、笈の小文集は先師自撰の集也。名をきゝていまだ書を見ず。定て原稿半にて遷化ましましけり。此時 予申けるハ予がほ句幾句か御集に入侍るやと窺ふ。先師曰、我が門人、笈の小文に入句、三句持たるものはまれならん。汝過分の事をいへりと也。


   
うづくまるやくわんの下のさむさ哉 丈草
先師難波病床に人々に夜伽の句をすゝめて、今日より我が死期の句也。一字の相談を加ふべからずト也。さまざまの吟ども多侍りけれど、たゞ此一句の ミ丈草出來たりとの給ふ。かゝる時ハかゝる情こそうごかめ。興を催し景をさぐるいとまあらじとハ、此時こそおもひしり侍りける。

   
下京や雪つむ上のよるの雨      凡兆
此句初冠なし。先師をはじめいろいろと置侍りて、此冠に極め給う。凡兆あトとこたへて、いまだ落つかず。先師曰、兆汝手柄に此冠を置 べし。若まさる物あらば我二度俳諧をいふべからずト也。去來曰、此五文字のよき事ハたれたれもしり侍れど、是外にあるまじとハいかでかしり侍らん。此事他門の人聞侍ら バ、腹いたくいくつも冠置るべし。其よしとおかるゝ物は、またこなたにハおかしかりなんと、おもひ侍る也。

   
猪のねに行かたや明の月        去來
此句を窺ふ時、先師暫く吟て兎角をのたまハず。予思ひ誤るハ、先師といへども歸り待よご引ころの氣色しり給はずやと、しかじかのよしを申。先師曰、そのおもしろき處 ハ、古人もよく知れバ、帰るとて野べより山へ入鹿の跡吹おくる荻の上風とハよめり。和哥優美の上にさへ、かく迄かけり作したるを、俳諧自由の上にたゞ尋常の氣色を作せん ハ、手柄なかるべし。一句おもしろけれバ暫く案じぬれど、兎角詮なかるべしと也。其後おもふに、此句ハ、時鳥鳴きつるかたといへる後京極の和哥の同案にて、彌々手柄なき句也。

   
つたの葉――――――――         尾張の句
此ほ句ハ忘れたり。つたの葉の、谷風に一すじ峯迄裏吹きかへさるゝと云句なるよし。予先師に此句を語る。先師曰、ほ句ハかくの如く、くまぐま迄謂つくす物にあらず ト也。支考傍に聞て大ひに感驚し、初てほ句トいふ物をしり侍ると、この比物語り有り。予ハ其時なをざりに聞なしけるにや、あとかたもなくうち忘れ侍る。いと本意なし。

   
下臥につかみ分ばやいとざくら
先師路上にて語り曰、此頃其角が集に此句有。いかに思ひてか入集しけん。去來曰、いと櫻の十分に咲たる形容、能謂おほせたるに侍らずや。先師曰、謂應せて何か有。此におゐて胆に銘ずる事有。初てほ句に成べき事 ト、成まじき事をしれり。

   
手をはなつ中に落ちけり朧月      去來
魯町に別るゝ句也。先師曰、此句惡きといふにはあらず。功者にてたゞ謂まぎらされたる句也。去來曰、いか様にさしてなき事を 、句上にてあやつりたる處有。しかれどいまだ十分に解せず。予が心中にハ一物侍れど、句上にあらハれずと見ゆ。いハゆる意到句不到也。

   
泥がめや苗代水の畦うつり        史邦
さるミの撰に、予誤て畦つたひと書。先師曰、畦うつりと傳ひと、形容風流各別也。殊に畦うつりして蛙なく也ともよめり。肝要の氣色をあやまる事、筆の罪のみにあらず。句を聞事のおろそかに侍るゆへ也と 、機嫌あしかりけり。

   
じだらくに寢れば涼しき夕哉
さるミの撰の時●一句の入集を願ひて、數句吟じ來れど取べきなし。一夕先師のいざくつろぎ給へ。我も臥なんとの給ふに、御ゆるし候へ。じだらくに居れば涼しく侍ると申。先師曰 、是ほ句也。ト、今の句につくりて、入集せよとの給ひけり。

   
玉棚のおくなつかしやおやのかほ   去來
初ハ面影のおぼろにゆかし玉祭と云句也。是時添書に、祭時ハ神いますが如しとやらん。玉棚の奥なつかしく覺侍る由を申。先師いが の文曰、玉まつり尤の意味ながら、此分にてハ古びに落可申候。註に玉だなの奥なつかしやと侍るハ、何とて句になり侍らん。下文字 和かなれば下をけやけく、親のかほと置ば句成べしと也。そのおもふ處直に句となる事をしらず。ふかくおもひしづみ、却て心おもく詞しぶり、或は心たしかならず。是等は初心の輩の覺悟あるべき事也。

   
夕涼み疝氣おこしてかへりけり    去來
予が初學の時、ほ句の仕やうを窺けるに、先師曰、ほ句ハ句つよく、俳意たしかに作すべしと也。こゝろ見に此句を賦して窺ぬれ バ、又是にてもなしと大笑し給ひけり。

   
つかみ逢ふ子どものたけや麥畠
凡兆曰、是麥畠は麻ばたけともふらん。去來曰、麥ハ麻に成ても、よもぎになりてもくるしからずト論ず。先師曰、又ふるふらぬの論かしがましと制したまふ也。見る人察せよ。

   
いそがしや沖のしぐれの眞帆かた帆  去來
去來曰、猿ミのハ新風の始、時雨ハ此集の美目なるに、此句仕そこなひ侍る。たゞ有明や片帆にうけて一時雨といはゞ、いそがしやも、眞帆もその内にこもりて、句のはしりよく心のねばりすくなからん。先師曰 、沖の時雨といふも、又一ふしにてよし。されど句ハはるかにおとり侍ると也。

   
兄弟のかほ見るやミや時鳥       去來
去來曰、是句ハ五月廿八日夜、曾我兄弟の互に貌見合ける比、時鳥などもうちなきけんかしと、源氏の村雨の軒端にたゝずび給ひしを、紫式部がおもひやりたるおもむきをかりて、一句を作 れり。先師曰、曾我との原の事とハきゝながら、一句いまだ謂おほせず。其角が評も同前なりと、深川より評有。許六曰、此句ハ心餘りて詞たらず。去來曰、心餘りて詞不足とい ハんハはゞかり有。たゞ謂不應也。丈草曰、今の作者ハさかしくかけ廻りぬれバ、是等ハ合點の内成べしと、共に笑ひけり。

 
     前句につと朝日に迎ふよこ雲
   
青みたる松より花の咲きこぼれ    去來
初にすつぺりと花見の客をしまいけりと付侍る。付ながら先師のかほつきおかしからず。又前を乞ふて此句を付直す。先師曰 、いかにおもひて付直し侍るや。去來曰、朝雲の長閑に機嫌よかりしを見て、初に付侍れど、能見るに此朝雲のきれいなる氣色いふばかりなし。此をのがしてハ詮なかるべしとおもひかへし、つけ直し侍る。先師曰 、やはり初めの句ならば三十棒なるべし。なを陰高きを直すべしと、今の五文字に成けり。

   
梅にすゞめの枝の百なり         去來
此ハ歳旦のわき也。先師深川に聞て曰、此梅ハ二月の氣色也。去來いかにおもひ誤りて、歳旦の脇にハ用ひけるトなん。

   
舟に煩ふ西國のむま            彦根の句
許六こゝろ見の點を乞ける時、此句を長をかけたり。先師に窺ふに、先師曰、いまハ手帳らしき句も嫌ひ侍る。是等の句手帳也。長あるべからずと也。曾て上京の時問曰 、此句いかなる處手帳に侍るや。先師曰、船の中にて馬の煩ふ事ハ謂ふべし。西國の馬とまでハ能こしらへたる物也となん。

   
弓張の角さし出す月の雲         去來
去來問曰、此句も手帳なるべきや。先師曰、手帳ならず。雲も角も弓張月もいはねバ一句きこえず。

   
でつちが荷ふ水こぼしけり       凡兆
初めは糞なり。凡兆曰、尿糞の事申べきか。先師曰、嫌べからず。されど百韻といふとも二句に過ぐべからず。一句なくてもよからん。凡兆水に改ム。

   
妻呼雉子の身をほそうする       去來
初ハ雉子のうろたへてなく也。先師曰、去來かくばかりの事をしらずや。凡句にハ姿といふ物有。同じ事をかくいへバすがた出來る物をと也。

   ぼんとぬけたる池の蓮の實
   
咲く花にかき出す椽のかたぶきて   ばせを
此前句出ける時、去來曰、かゝる前句をのがさずつけんにハいかゞと、先師の付句を所望しけれバかく付給ふなり。


   くろみて高き樫木の森
   
咲花に小き門を出つ入つ          ばせを
此前句出ける時、去來曰、かゝる前句全體樫の森の事をいへり。その氣色を失ハず、花を付らん事むつかしかるべしと、先師の付句を乞けれバ、かく付て見せたまひけり。


   あやのねまきにうつる日の影
   
なくなくも小さきわらぢもとめかね   去來
此前出て座中暫く付あぐみたり。先師曰、能上臈の旅なるべし。やがて此句を付。好春曰、上人の旅ときゝて言下に句出たり。蕉門の徒練各也。

   二ツにわれし雲の秋風
トやらんなり         正秀
   
中れんじ中切あくる月かげに      去來
正秀亭の第三也。初ハ竹格子陰も●●●に月澄てト付ケるを、かく先師の斧正し給へる也。其夜共に曲翠亭に宿す。先師曰、今夜初正秀亭に會す。珍客なれバほ句ハ我なるべしと 、兼而覺悟すべき事也。其上ほ句と乞ハヾ、秀拙を撰ばず早ク出すべき事也。一夜のほど幾ばくかある。汝がほ句に時をうつさバ、今宵の會むなしからん。無風雅の至也。餘り無興に侍る故、我ほ句をい たせり。正秀忽ワキを賦す。二ツにわるゝと、はげしき空の氣色成を、かくのびやか成第三付ル事、前句の●をしらず、未練の事なりと、夜すがらいどミたまひける。去來曰 、其時月影に手のひら立る山見えてト申一句侍りけるを、たゞ月の殊更にさやけき處をいハんとのみなづみて、位をわすれ侍る申。先師曰、其句ヲ出さバいくばくのましならん。此度の膳所のはぢ一度すゝがん事をおもふべしと也。

   分別なしに戀にしかゝる             去來
   
浅茅生におもしろけつく伏見わき    先師
先師都より野坡がかたへの文に、此句をかき出し、此邊の作者いまだ是の甘味をはなれず。そこもとずいぶん軽みをとり失ふべからずと也。

   
赤人の名ハつかれたりはつ霞      史邦
先師文曰、中の七文字能おかれたり。ほ句長高く意味すくなからずと也。

   
駒ひきの木曾やいづらん三日の月   去來
今や越ゆらん望月の駒といへるをふりかえて、木曾やいづらん三日の月といへり。先師曰、この句ハさん用をよく合せたる句なりと、あざけり給へり。

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