猿蓑

猿蓑集 巻之四


 
  猿蓑集 巻之四
 
 
   春
 

梅咲て人の怒の悔もあり       露沾

上臈の山荘にましましけるに候し奉りて
梅が香や山路獵入ル犬のまね      去来

むめが香や分入里は牛の角     加賀句空

庭興
梅が香や砂利しき流す谷の奥     土芳

はつ蝶や骨なき身にも梅の花     半残

梅が香や酒のかよひのあたらしき   膳所蝉鼠

むめの木や此一筋を蕗のたう     其角

子良の後に梅有といへば

御子良子の一もと床し梅の花     芭蕉

痩藪や作りたふれの梅の花      千那

灰捨て白梅うるむ垣ねかな      凡兆

日當りの梅咲ころや屑牛房     膳所支幽

暗香浮動月黄昏
入相の梅になり込ひゞきかな     風麥

武江におもむく旅亭の残夢
寝ぐるしき窓の細目や闇の梅     乙

辛未のとし弥生のはじめつかた、よし
のゝ山に日くれて、梅のにほひしきりな
りければ、旧友嵐窓が、見ぬかたの花や
匂ひを案内者といふ句を、日ごろはふる
き事のやうにおもひ侍れども、折にふれ
て感動身にしみわたり、涙もおとすばか
りなれば、その夜の夢に正しくま見えて
悦るけしき有。亡人いまだ風雅を忘ざるや
夢さつて又一匂に宵の梅       嵐蘭

百八のかねて迷ひや闇のむめ     其角

ひとり寝も能宿とらん初子日     去来

野畠や鴈追のけて摘若菜       史邦

はつ市や雪に漕来る若菜船      嵐蘭

宵の月西になづなのきこゆ也     如行

憶翁之客中
裾折て菜をつみしらん草枕      嵐雪

つみすてゝ蹈付がたき若な哉     路通

七種や跡にうかるゝ朝がらす     其角

我事と鯲のにげし根芹哉       丈艸

うすらひやわづかに咲る芹の花    其角

朧とは松のくろさに月夜かな     同

鉢たゝきこぬよとなれば朧かな    去来

鶯の雪踏落す垣穂かな       伊賀一桐

鶯やはや一聲のしたりがほ     江戸渓石

うぐひすや遠路ながら礼がへし    其角

鶯や下駄の歯につく小田の土     凡兆

鶯や窓に灸をすえながら       伊賀魚日

やぶの雪柳ばかりはすがた哉     探丸

此瘤はさるの持べき柳かな     江戸卜宅

垣ごしにとらへてはなす柳哉     遠水

よこた川植處なき柳かな       尚白

青柳のしだれや鯉の住所      伊賀一啖

雪汁や蛤いかす場のすみ       木白

待中の正月もはやくだり月      揚水

田家に有て
麥めしにやつるゝ恋か猫の妻     芭蕉

うらやましおもひ切時猫の恋     越人

うき友にかまれてねこの空ながめ   去来

露沾公にて餘寒の當座
春風にぬぎもさだめぬ羽織哉     亀翁

野の梅のちりしほ寒き二月哉     尚白

出がはりや櫃にあまれるござのたけ  亀翁

出替や幼ごゝろに物あはれ      嵐雪

骨柴のかられながらも木の芽かな   凡兆

白魚や海苔は下部のかい合せ     其角

人の手にとられて後や櫻海苔    尾張杉峯

春雨にたゝき出したりつくつくし   元志

陽炎や取つきかぬる雪の上      荷兮

かげろふや土もこなさぬあらおこし  百歳

かげろふやほろほろ落る岸の砂    土芳

いとゆふのいとあそぶ也虚木立   伊賀氷固

野馬に子共あそばす狐哉       凡兆

かげりふや柴胡の糸の薄曇      芭蕉

いとゆふに貌引きのばせ作リ獨活    伊賀配力

狗脊の塵にゑらるゝわらびかな    嵐雪

彼岸まへさむさも一夜二夜哉     路通

みのむしや常のなりにて涅槃像    野水

藏並ぶ裏は燕のかよひ道       凡兆

立さはぐ今や紀の厂伊勢の鴈    伊賀沢雉

春雨や屋ねの小草に花咲ぬ      嵐虎

高山に臥て
春雨や山より出る雲の門       猿雖

不性さやかき起されし春の雨     芭蕉

春雨や田簔のしまの鯲賣       史邦

はるさめのあがるや軒になく雀    羽紅

泥龜や苗代水の畦つたひ       史邦

蜂とまる木舞の竹や虫の糞      昌房

振舞や下座になをる去年の雛     去来

春風にこかすな雛の駕籠の衆    伊賀萩子

桃柳くばりありくやをんなの子    羽紅

もゝの花境しまらぬかきね哉    三川烏巣

里人の臍落したる田螺かな      嵐推

蝶の來て一夜寝にけり葱のぎぼ    半残

帋鳶切て白根が嶽を行衛哉   加ьR中桃妖

いかのぼりこゝにもすむや潦    伊賀園風

日の影やごもくの上の親すゞめ    珍碩

荷鞍ふむ春のすゞめや縁の先     土芳

闇の夜や巣をまどはしてなく鵆    芭蕉

越より飛騨へ行とて、籠のわたりのあや
うきところどころ、道もなき山路にさま
よひて
鷲の巣の樟の枯枝に日は入ぬ     凡兆

かすみより見えくる雲のかしら哉  伊賀石口

子や待ん餘り雲雀の高あがり     杉風

ひばりなく中の拍子や雉子の聲    芭蕉

芭蕉庵のふるきを訪
菫草小鍋洗しあとやこれ       曲水

木瓜莇旅して見たく野はなりぬ   江戸山店

畫讃
山吹や宇治の焙炉の匂ふ時      芭蕉

白玉の露にきはつく椿かな      車来

わがみかよはくやまひがちなりければ、髪
けづらんも物むつかしと、此春さまをかへ

笄もくしも昔やちり椿        羽紅

蝸牛打かぶせたるつばき哉  津國山本坂上氏

うぐひすの笠おとしたる椿哉     芭蕉

はつざくらまだ追々にさけばこそ  伊賀利雪

東叡山にあそぶ
小坊主や松にかくれて山ざくら    其角

一枝はおらぬもわろし山ざくら    尚白

鶏の聲もきこゆるやま櫻       凡兆

眞先に見し枝ならんちる櫻      丈艸

有明のはつはつに咲く遅ざくら    史邦

常斎にはづれてけふは花の鳥     千那

葛城のふもとを過る
猶見たし花に明行神の顔       芭蕉

いがの國花垣の庄は、そのかみ南良
の八重櫻の料に附られけると云傅え
はんべれば
一里はみな花守の子孫かや      芭蕉

亡父の墓東武谷中に有しに、三歳に
て別れ、廿年の後かの地にくだりぬ。
墓の前に櫻植置侍るよし、かねがね
母の物がたりつたへて、その櫻をた
づね侘びけるに、他の墓猶さくら咲
みだれ侍れば、
まがはしや花吸ふ蜂の往還リ     園風

知人にあはじあはじと花見かな    去来

ある僧の嫌ひし花の都かな      凡兆

浪人のやどにて
鼠共春の夜あれそ花靫        半残

腥きはな最中のゆふべ哉      伊賀長眉

はなも奥有とや、よしのに深く吟じ入て
大峯やよしのゝ奥の花の果      曾良

道灌山にのぼる
道灌や花はその代を嵐哉       嵐蘭

源氏の繪を見て
欄干に夜ちる花の立すがた      羽紅

庚午の歳家を焼て
燒にけりされども花はちりすまし  式之

はなちるや伽藍の樞おとし行     凡兆

海棠のはなは滿たり夜の月     江戸普舩

大和行脚のとき
草臥て宿かる比や藤の花       芭蕉

山鳥や躑躅よけ行尾のひねり     探丸

やまつゝじ海に見よとや夕日影    智月

兎角して卯花つぼむ弥生哉      山川

鷽の聲きゝそめてより山路かな    伊賀式之

木曽塚
其春の石ともならず木曽の馬     乙

春の夜はたれか初瀬の堂籠      曾良

望湖水惜春
行春を近江の人とおしみける     芭蕉



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