芭蕉db

萬菊丸宛書簡

(元禄3年1月17日 芭蕉47歳)

書簡集年表Who'sWho/basho


いかにしてか便も無御座候、若は渡海の舩や打ちわれけむ*、病変やふりわきけんなど*、方寸を砕而已候*。されども名古屋の文に*、御無事之旨、推量に見え申候。拙者も霜月末、南都祭礼見物*して、膳所へ出、越年。
 
      歳旦、京ちかき心

    薦をきて誰人ゐます花の春

      冬

    初時雨猿も小蓑をほしげなり

      山中の子供と遊ぶ

    初雪に兎の皮の髭つくれ

      南都

    雪悲しいつ大仏の瓦ふき

      京にて鉢たたき聞て

    長嘯の墓もめぐるか鉢たたき

      歳暮

    何に此師走の市にゆく鴉

急便早々に候。正・二月之間、伊賀へ御越待存候。宗七も御噂申斗に候*
    正月十七日                  はせを
  萬菊丸様

 伊賀上野に滞在中の芭蕉から渥美半島保美に幽閉中の杜国へやった書簡。萬菊丸は、『笈の小文』の忍びの旅の折につけた名前。わざと宛先を杜国とせず萬菊丸としたもの。途切れていた杜国からの音信に不安を抱いた芭蕉が書いた書簡である。正月か2月には伊賀上野に来るように誘っている。これに対して杜国からの返書があったか否かは不明であるが、杜国はこの春元禄3年3月20日には不帰の人となった。 芭蕉の杜国への激しい思慕が感じられる一通。