芭蕉db

幻住庵の記

(元禄3年4月6日〜7月23日 47歳)


幻住庵のある風景(「芭蕉翁絵詞伝」(義仲寺蔵)より)

 『奥の細道』の旅を終えた芭蕉は、そのまま上方に滞在していた。元禄2年の大晦日は大津で過ごし、明けて元禄3年1月3日には故郷伊賀上野に帰った。ここに3月の中旬まで滞在して、再度膳所に戻った。芭蕉はここで、「行く春を近江の人と惜しみける」と読んだように充実した豊かな時間を過ごすことになる。
 膳所に戻った4月6日に国分山の中腹にあった曲水の伯父菅沼修理定知(法名:幻住宗仁居士)が8年ほど前まで所有していた荒れ果てた「幻住庵」に入る。ここで書かれたものが『幻住庵の記』である。芭蕉の人生の最高に充実していた時期に当たる。「不易流行」の論理付けも完成し、一見隠遁風の幻住庵への庵住だが実際には弟子の訪問も繁く実に繁忙な日常であった。しかし、精神的な充実感は自分の過去を率直に振り返ってそれを総括すらできるほどに満たされたものでもあったのである。

庵の位置と謂れ

経過

環境

庵の生活

人生観


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