猿蓑

猿蓑集 巻之二


 
  猿蓑集 巻之二
 
 
   夏
 

有明の面おこすやほとゝぎす     其角

夏がすみ曇り行衛や時鳥       木節

野を横に馬引むけよほとゝぎす    芭蕉

時鳥けふにかぎりて誰もなし     尚白

ほとゝぎす何もなき野ゝ門ン構     凡兆

ひる迄はさのみいそがず時鳥     智月

蜀魂なくや木の間の角櫓       史邦

入相のひゞきの中やほとゝぎす    羽紅

ほとゝぎす瀧よりかみのわたりかな  丈艸

心なき代官殿やほとゝぎす      去来

こひ死ば我塚でなけほとゝぎす   遊女

松嶋一見の時、「千鳥もかるや鶴の毛衣」
とよめりければ、
松嶋や鶴に身をかれほとゝぎす    曾良

うき我をさびしがらせよかんこ鳥   芭蕉

旅館庭せまく、庭草を見ず
若楓茶いろに成も一さかり     膳所曲水

四月八日詣慈母墓
花水にうつしかへたる茂り哉     其角

葉がくれぬ花を杜丹の姿哉     江戸全峯

別僧
ちるときの心やすさよ米嚢花     越人

知恵の有る人には見せじけしの花   珍碩

翁に供られてすまあかしにわたりて
似合しきけしの一重や須广の里   亡人杜國

青くさき匂もゆかしけしの花     嵐蘭

井のすゑに浅浅清し杜若       半残

起出て物にまぎれぬ朝の間の
起起の心うごかすかきつばた     仙花

題去来之嵯峨落柿舎二句
豆植る畑も木べ屋も名処哉      凡兆

破垣やわざと鹿子のかよひ道     曾良

南都旅店
誰のぞくならの都の閨の桐      千那

洗濯やきぬにもみ込柿の花     尾張薄芝

豊国にて
竹の子の力を誰にたとふべき     凡兆

たけの子や畠隣に悪太郎       去来

たけのこや稚き時の繪のすさび    芭蕉

猪に吹かへさるゝともしかな     正秀

明石夜泊
蛸壺やはかなき夢を夏の月      芭蕉

君が代や筑摩祭も鍋一ツ       越人

五月三日、わたましせる家にて
屋ね葺と並でふける菖蒲哉      其角

粽結ふかた手にはさむ額髪      芭蕉

隈篠の廣葉うるはし餅粽      江戸岩翁

さびしさに客人やとふまつり哉    尚白

五月六日大坂うち死の遠忌を弔ひて
大坂や見ぬよの夏の五十年     伊賀蝉吟

奥ыjルにて
夏草や兵共がゆめの跡        芭蕉

這出よかひ屋が下の蟾の聲      同

此境はひわたるほどゝいへるもこゝ
の事にや

かたつぶり角ふりわけよ須广明石
   同

五月雨に家ふり捨てなめくじり    凡兆

ひね麥の味なき空や五月雨      木節

馬士の謂次第なりさつき雨      史邦

奥名取の郡に入、中将実方の塚はい
づくにやと尋侍れば、道より一里半ば
かり左リの方、笠嶋といふ處に有とをし
ゆ。ふりつゞきたる五月雨いとわりな
く打過るに、
笠嶋やいづこ五月のぬかり道     芭蕉

大和・紀伊のさかひはてなし坂にて、往
来の順礼をとゞめて奉加すゝめければ、
料足つゝみたる紙のはしに書つけ侍る、
つゞくりもはてなし坂や五月雨    去来

髪剃や一夜に金情て五月雨      凡兆

日の道や葵傾くさ月あめ       芭蕉

縫物や着もせでよごす五月雨     羽紅

  七十余の老醫みまかりけるに、弟子共こ
ぞりてなくまゝ、予にいたみの句乞ひける。
その老醫いまそかりし時も、さらに見し
れる人にあらざりければ、哀にもおもひ
よらずして、古来まれなる戸年にこそと
いへど、とかくゆるさゞりければ、
六尺の力おとしや五月あめ      其角

百姓も麥に取つく茶摘哥       去来

しがらきや茶山しに行夫婦づれ    正秀

つかみ合子共のたけや麥畠     膳所游力

孫を愛して
麥藁の家してやらん雨蛙       智月

麥出來て鰹迄喰ふ山家哉      江戸花紅

しら川の関こえて
風流のはじめや奥の田植うた     芭蕉

出羽の最上を過て
眉掃を面影にして紅粉の花      芭蕉

法隆寺開帳 南無佛の太子を拝す
御袴のはづれなつかし紅粉の花    千那

田の畝の豆つたひ行螢かな      伊賀万乎

膳所曲水之樓にて
螢火や吹とばされて鳰のやみ     去来

勢田の螢見二句
闇の夜や子共泣出す螢ぶね      凡兆

ほたる見や船頭酔ておぼつかな    芭蕉

三熊野へ詣ける時
螢火やこゝおそろしき八鬼尾谷   長崎田上尼

あながちに鶏とせりあはぬかもめ哉  尚白

草むらや百合は中々はなの貌     半残

病後
空つりやかしらふらつく百合の花  大坂何処

すゞ風や我より先に百合の花     乙

焼蚊辞」を作りて
子やなかん其子の母も蚊の喰ン    嵐蘭

餞別
立ざまや蚊屋もはづさぬ旅の宿    膳所里東

うとく成人につれて、参宮する從者にはな
むけして
みじか夜を吉次が冠者に名残哉    其角

隙明や蚤の出て行耳の穴       丈艸

下闇や地虫ながらの蝉の聲      嵐雪

客ぶりや居處かゆる蝉の聲     膳所探志

頓て死ぬけしきは見えず蝉の聲    芭蕉

哀さや盲麻刈る露のたま       伊賀槐市

渡り懸て藻の花のぞく流哉      凡兆

舟引の妻の唱哥か合歓の花      千那

白雨や鐘きゝはづす日の夕      史邦

素堂之蓮池邊
白雨や蓮一枚の捨あたま       嵐蘭

日燒田や時々つらく鳴く蛙      乙

日の暑さ盥の底の蠛かな       凡兆

水無月も鼻つきあはす數奇屋哉    同

日の岡やこがれて暑き牛の舌     正秀

たゞ暑し籬によれば髪の落      木節

じねんごの藪ふく風ぞあつかりし   野童

夕がほによばれてつらき暑さ哉    羽紅

青草は湯入ながめんあつさかな   江戸巴山

千子が身まかりけるをきゝて、みのゝ國
より去来がもとへ、申しつかはし侍ける、
無き人の小袖も今や土用干      芭蕉

水無月や朝めしくはぬ夕すゞみ    嵐蘭

じだらくにねれば涼しき夕べかな   宗次

すゞしさや朝草門ンに荷ひ込     凡兆

唇に墨つく兒のすヾみかな      千那

月鉾や兒の額の薄粧         曾良

夕ぐれや屼並びたる雲のみね     去来

はじめて洛に入て
雲のみね今のは比叡に似た物か   大坂之道



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