阿羅野

  巻之一   郭公  

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曠野集 巻之一

 

   花 三十句

よしのにて
これはこれはとばかり花の芳野山   貞室

我まゝをいはする花のあるじ哉    路通

薄曇りけだかくはなの林かな     信徳

はなのやまどことらまへて哥よまむ  晨風

暮淋し花の後の鬼瓦         友五

山里に喰ものしゐる花見かな     尚白

何事ぞ花みる人の長刀        去来

みねの雲すこしは花もまじるべし   野水

はなのなか下戸引て来るかいな哉   龜洞

下々の下の客といはれん花の宿    越人

花の山常折くぶる枝もなし      一井

見あげしがふもとに成ぬ花の瀧  津島俊似

兄弟のいろはあげゝり花のとき    鼠弾

ちるはなは酒ぬす人よぬす人よ    舟泉

冷汁に散てもよしや花の陰      胡及

はつ花に誰が傘ぞいまいまし     長虹

柴舟の花咲にけり宵の雨     津島卜枝

おるときになりて逃けり花の枝  岐阜鴎歩

連だつや従弟はおかし花の時     荷兮

疱瘡の跡まだ見ゆるはな見哉     傘下

あらけなや風車賣花のとき      薄芝

花にきてうつくしく成心哉      たつ

山あひのはなを夕日に見出したり   心苗

おもしろや理窟はなしに花の雲    越人

なりあひやはつ花よりの物わすれ   野水

獨来て友選びけり花のやま      冬松

花鳥とこけら葺ゐる尾上かな     冬文

首出して岡の花見よ蚫とり      荷兮

酒のみ居たる人の繪に
月花もなくて酒のむひとり哉     芭蕉

ある人の山家にいたりて
橿の木のはなにかまはぬすがた哉   同


   杜宇 二十句

ほとゝぎすを飼をくものに求得て放やるときに
鳥篭の憂目見つらん郭公       季吟

目には青葉山ほとゝぎす初がつほ   素堂

いそがしきなかに聞けり蜀魄     釣雪

蝋燭のひかりにくしやほとゝぎす   越人

おひし子の口まねするや時鳥   津島松下

跡や先気のつく野邊の郭公      重五

ほとゝぎすどれからきかむ野の廣き  柳風

ある人のもとにて発句せよと有ければ
ほとゝぎすはゞかりもなき烏かな   鼠弾

晴ちぎる空鳴行やほとゝぎす     落梧

蚊屋臭き寝覚うつゝや時鳥      一髪

三聲ほど跡のおかしや郭公      同

淀にて
ほとゝぎす十日もはやき夜舟哉    風泉

嬉しさや寝入らぬ先のほとゝぎす 岐阜杏雨

あぶなしや今起て聞郭公       傘下

くらがりや力がましきほとゝぎす   同

馬と馬よばりあひけり郭公      鈍可

たゞありあけの月ぞのこれると吟じられ
しに
哥がるたにくき人かなほとゝぎす 大津智月

うつかりとうつぶきゐたり時鳥    李桃

うつかりと春の心ぞほとゝぎす    市山


  月 三十句

かるがると笹のうへゆく月夜哉  十二歳梅舌

それがしも月見る中の獨かな     湍水

月ひとつばひとりがちなる今宵哉   一雪

雨の月どこともなしの薄あかり    越人

けうとさに少脇むく月夜哉      昌碧

屋わたりの宵はさびしや月の影   津島市柳

おかしげにほめて詠る月夜哉     一髪

どこまでも見とをす月の野中哉    長虹

峠迄硯抱て月見かな         任也

一つ屋やいかいこと見るけふのつき  龜洞

名月は夜明るきはもなかりけり    越人

名月やとしに十二は有ながら     文鱗

名月やかいつきたてゝつなぐ舟    昌碧

めいげつやはだしでありく草の中   傘下

名月や鼓の聲と犬の声        二水

見るものと覚えて人の月見哉     野水

名月の心いそぎに
むつかしと月を見る日は火も焼かじ  荷兮

いつの月もあとを忘れて哀也     同

名月や海もおもはず山も見ず     去来

めいげつや下戸と下戸とのむつまじき 胡及

めいげつはありきもたらぬ林かな   釣雪

宵に見し橋はさびしや月の影     一髪

十三夜
影ふた夜たらぬ程見る月夜哉     杉風

朔日
暮いかに月の氣もなし海の果     荷兮

二日
見る人もたしなき月の夕かな     同

三日
何事の見たてにも似ず三かの月    芭蕉

四日
夕月夜あんどんけしてしばしみむ   卜枝

五日
何日とも見さだめがたや宵の月  伊豫一泉

六日
銀川見習ふ比や月のそら     岡崎鶴聲

七日
能ほどにはなして歸る月夜哉   岐阜一髪


    雪 二十句

大津にて
雪の日や船頭どのゝ顔の色      其角

いざゆかむ雪見にころぶ所まで    芭蕉

竹の雪落て夜るなく雀かな      塵交

かさなるや雪のある山只の山    加生

車道雪なき冬のあした哉     加賀小春

はつ雪を見てから顔を洗けり     越人

はつ雪に戸明ぬ留守の庵かな     是幸

ものかげのふらぬも雪の一つ哉    松芳

くらき夜に物陰見たり雪の隈     二水

雪降て馬屋にはいる雀かな      鳧仙

夜の雪おとさぬやうに枝折らん  岐阜除風

ゆきの日や川筋ばかりほそぼそと   鷺汀

初雪やおしにぎる手の寄麗也     傘下

雪の江の大舟よりは小舟かな     芳川

雪の朝から鮭わくる聲高し      多文

雪の暮猶さやけしや鷹の声      桂夕

ちらちらや淡雪かゝる酒強飯     荷兮

はつ雪や先草履にて隣まで      路通

はかられじ雪の見所有り所      野水

舟かけていくかふれども海の雪    芳川


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