阿羅野

  巻之二  歳旦 初春 當座題 仲春 暮春

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曠野集 巻之ニ

 

   歳旦

二日にもぬかりはせじな花の春    芭蕉

たれ人の手がらもからじ花の春   古梵

わか水や凡千年のつるべ縄     風鈴軒

松かざり伊勢が家買人は誰      其角

うたか否連歌にあらずにし肴     文鱗

月雪のためにもしたし門の松     去来

かざり木にならで年ふる柏哉     一晶

元朝や何となけれど遅ざくら     路通

元日は明すましたるかすみ哉   加賀一笑

歯固に梅の花かむにほひかな   大垣如行

ふたつ社老にはたらねとしの春  岐阜落梧

若水をうちかけて見よ雪の梅     亀洞

伊勢浦や御木引休む今朝の春     同

ことぶきの名をつけて見む宿の梅   昌碧

去年の春ちいさかりしが芋頭     元廣

小柑子栗やひろはむまつのかど    舟泉

とし男千秋樂をならひけり      同

山柴にうら白まじる竈かな      重五

松高し引馬つるゝ年おとこ      釣雪

月花の初は琵琶の木どり哉      同

連てきて子にまはせけり萬歳樂    一井

うら白もはみちる神の馬屋哉     胡及

見おぼえむこや新玉の年の海     長虹

今朝と起て縄ぶしほどく柳哉     鼠彈

さほ姫やふかいの面いかならむ    同

蓬莱や舟の匠のかんなくず      湍水

佛より神ぞたうとき今朝の春    とめ

のゝ宮やとしの旦はいかならん    朴什

かざりにとたが思ひだすたはら物   冬文

正月の魚のかしらや炭だはら     傘下

けさの春寂しからざる閑かな     冬松

あいあいに松なき門もおもしろや   柳風

大服は去年の青葉の匂哉       防川

鶯の聲聞まいれ年おとこ     犬山昌勝

傘に齒朶かゝりけりえ方だな     夕道

袖すりて松の葉契る今朝の春     梅舌

たてゝ見む霞やうつる大かゞみ    野水

曙は春の初やだうぶくら       同

はつ春のめでたき名なり賢魚ゝ    越人

初夢や濱名の橋の今のさま      同

しづやしづ御階にけふの麥厚し    荷兮

萬歳のやどを隣に明にけり      同

巳のとしやむかしの春のおぼつかな  同

我は春目かどに立るまつ毛哉    般斎

我等式が宿にも来るや今朝の春    貞室


   初春

若菜つむ跡は木を割畑哉       越人

精出して摘とも見えぬ若菜哉     野水

七草をたゝきたがりて泣子哉   津島俊似

女出て鶴たつあとの若菜哉    加賀小春

側濡て袂のおもき礒菜かな      藤羅

吾うらも残してをかぬ若菜哉   岐阜素秋

石釣てつぼみたる梅折しけり     玄察

鷹居て折にもどかし梅の花      鴎歩

むめの花もの氣にいらぬけしき哉   越人

藪見しれもどりに折らん梅の花    落梧

梅折てあたり見廻す野中かな     一髪

華もなきむめのずはいぞ頼もしき   冬松

みのむしとしれつる梅のさかり哉   蕉笠

網代民部の息に逢て
梅の木になをやどり木や梅の花    芭蕉

うぐひすの鳴そこなへる嵐かな  長良若風

鶯の鳴や餌ひろふ片手にも      去来

あけぼのや鶯とまるはね釣瓶   伊賀一桐

鶯にちいさき藪も捨られじ    津島一笑

うぐひすの声に脱たる頭巾哉    

鶯になじみもなきや新屋敷     夢々

うぐひすに水汲こぼすあした哉    梅舌

さとかすむ夕をまつの盛かな     野水

行々て程のかはらぬ霞哉       塵交

行人の簔をはなれぬ霞かな      冬文

かれ芝やまだかげろふの一二寸    芭蕉

かげろふや馬の眼のとろとろと    傘下

水仙の見る間を春に得たりけり    路通

蝶鳥を待るけしきやものゝ枝     荷兮


   當座題

さし木
つきたかと兒のぬき見るさし木哉   舟泉

接木
つまの下かくしかねたる継穂かな   傘下

椿
暁の釣瓶にあがるつばきかな     荷兮


藪深く蝶氣のつかぬつばき哉     卜枝

春雨
はる雨はいせの望一がこより哉    湍水


春の雨弟どもを呼でこよ       鼠彈

白尾鷹
はやぶさの尻つまげたる白尾鷹    野水

蛛の井に春雨かゝる雫かな      奇生

立臼に若草見たる明屋哉    十一歳龜助

すごすごと親子摘けりつくづくし   舟泉

すごすごと摘やつまずや土筆     其角

すごすごと案山子のけけり土筆    蕉笠

土橋やよこにはへたるつくづくし   塩車

川舟や手をのべてつむ土筆      冬文

つくづくし頭巾にたまるひとつより  青江

蘭亭の主人池に鵞を愛されしは筆意
有故也
池に鵞なし假名書習ふ柳陰      素堂

風の吹方を後のやなぎ哉       野水

何事もなしと過行柳哉        越人

さし柳たゞ直なるもおもしろし    一笑

尺ばかりはやたはみぬる柳哉     小春

すがれすがれ柳は風にとりつかむ   一笑

とりつきて筏をとむる柳哉      昌碧

さはれども髪のゆがまぬ柳哉     杏雨

みじかくて垣にのがるゝ柳哉     此橋

ふくかぜに牛のわきむく柳哉     杏雨

吹風に鷹かたよするやなぎ哉     松芳

かぜふかぬ日はわがなりの柳哉    挍遊

いそがしき野鍛冶をしらぬ柳哉    荷兮

蝙蝠にみだるゝ月の柳哉       仝

青柳にもたれて通す車哉       素秋

引いきに後へころぶ柳かな      鴎歩

菊の名は忘れたれども植にけり    生林


   仲春

麥の葉に菜のはなかゝる嵐哉     不悔

菜の花や杉菜の土手のあいあいに   長虹

なの花の座敷にうつる日影哉     傘下

菜の花の畦うち残すながめ哉     清洞

うごくとも見えで畑うつ麓かな    去来

万歳を仕舞ふてうてる春田哉     昌碧

つばきまで折そへらるゝさくらかな  越人

広庭に一本植しさくら哉       笑艸

ときどきは蓑干すさくら咲にけり   除風

手のとヾくほどはおらるゝ桜哉    一橋

うしろより見られぬ岨の桜哉     冬松

すごすごと山やくれけむ遅ざくら   一髪

はる風にちからくらぶる雲雀哉    野水

あふのきに寝てみむ野邊の雲雀哉   除風

高声につらをあかむる雉子かな    一雪

行かゝり輪縄解てやる雉子哉     塩車

手をついて歌申あぐる蛙かな    山崎宗鑑

鳴立ていりあひ聞ぬかはづかな    落梧

あかつきをむつかしさうに鳴蛙    越人

いくすべり骨おる岸のかはづ哉    去来

飛入てしばし水ゆく蛙かな      落梧

不図とびて後に居なをる蛙哉    津島松下

ゆふやみの唐網にいる蛙かな     一井

はつ蝶を兒の見出す笑ひ哉      柳風

椶櫚の葉にとまらで過る胡蝶哉    梅餌

かやはらの中を出かぬるこてふかな  炊玉

かれ芝や若葉たづねて行胡蝶     百歳


   暮春

何の氣もつかぬに土手の菫哉     忠知

ねぶたしと馬には乗らぬ菫草     荷兮

ほうろくの土とる跡は菫かな     野水

晝ばかり日のさす洞の菫哉      舟泉

草刈て菫選出す童かな        鴎歩

行蝶のとまり残さぬあざみ哉     燭遊

麥畑の人見るはるの塘かな      杜國

はげ山や朧の月のすみ所     大坂式之

ほろほろと山吹ちるか瀧の音     芭蕉

松明にやま吹うすし夜のいろ     野水

山吹とてふのまぎれぬあらし哉    卜枝

一重かと山吹のぞくゆふべ哉   岐阜襟雪

とりつきてやまぶきのぞくいはね哉 蓬雨

あそぶともゆくともしらぬ燕かな   去来

去年の巣の土ぬり直す燕かな     俊似

いまきたといはぬばかりの燕かな   長之

燕の巣を覗行すゞめかな       長虹

黄昏にたてだされたる燕哉      鼠彈

友減て鳴音かいなや夜の鴈      且藁

角落てやすくも見ゆる小鹿哉     蕉笠

なら漬に親よぶ浦の汐干哉      越人

おやも子も同じ飲手や桃の酒     傘下

人霞む舟と陸との汐干かな    三輪友重

山まゆに花咲かねる躑躅かな     荷兮

朧夜やながくてしろき藤の花     兼正

かがり火に藤のすゝけぬ鵜舟かな   亀洞

永き日や鐘突跡もくれぬ也      卜枝

永き日や油しめ木のよはる音     野水

行春のあみ塩からを残しけり     同


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