深川芭蕉庵から、膳所の菅沼曲水に宛てた書簡。芭蕉が最後の帰郷をする予定であることが既定の事実として記されている。冒頭部分が短く、いきなり箇条書きになっているように、書簡として不調和なことから、この書簡にも欠落があるらしい。
御発句も珍重、入集可レ申由、桃隣辱がり申候:<おんほっくもちんちょう、にっしゅうもうすべきよし、とうりんかたじけながりもうしそうろう>と読む。貴方が寄せてくださった発句はすばらしく、しかも桃隣編纂の句集に入れてもよいとのことで、桃隣は大変喜んでいます、の意。当時、桃隣が何かの集を編んでいたらしいことが伺える一文。桃隣編纂の句集なるものは不明。
乙州東下の由告申候:<おとくにとうげのよしつげもうしそうろう>。乙州が江戸に来ると言ってよこしました。乙州は膳所の門人。
一封相認置候處、御細翰再々まで相達し、拝誦再覧:<いっぷうあいしたためおきそうろうところ、ごさいかんさいさいまであいたっし、はいしょうさいらん>と読む。お手紙を差し上げたところ、何度もお便りを下さり、うれしく拝読致しました、の意。
錦繍をつらね(ぬ)べく候:<きんしゅうを・・>。ここでは、「錦繍」は曲水の作った句のこと。美しい句が綾の如く連ねられています、の意。
風雅湖水に所を得たる事なるべしと、感吟跳躍不レ覚候:<ふうがこすいに・・、かんぎんちょうやくおぼえずそうろう>と読む。こういう素晴らしい作品ができるのも琵琶湖という風光明媚な場所があればこそで、胸躍る想いで鑑賞しております。
猶熟覧の後、仔細脇書可レ仕候:<なおじゅくらんののち、しさいわきがきつかまつるべくそうろう>と読む。尚、よく拝見してから、詳しい評は致そうと思います、の意。
何とぞ年内到着、貴亭開二青眼一頤をほどき申度奉レ存候:<・・、きていにせいがんをひらきおとがいをほどきもうしたくぞんじたてまつりそうろう>と読む。年内に西上して、貴方の屋敷に旅装を解きたいものです、の意。芭蕉は、最後の帰郷をこの年5月果たした。
路通事、段々と被二仰下一度候:<ろつうのこと、だんだんとおうせくだされたくそうろう>。路通のことについても、そのうち教えて頂きたい。路通とは、すでに疎遠になっていた。
いま爰元へは兎角の沙汰申ひろげず候:<いまここもとへはとかくのさたもうしひろげずそうろう>と読む。ここ江戸では路通のことについては何も話さないようにしています、の意。
正秀方より我里に書ちらしたる細書:「正秀」は、水田正秀。正秀は芭蕉の兄松尾半左衛門の生活に何かの援助をしていたのでそれに関する手紙が転送依頼されて芭蕉に届いたのかも知れない?
是一封したヽめての後相届可レ申候:<これいっぷうしたためてののちあいとどけもうすべくそうろう>と読む。この貴方への手紙を書いた後に兄に届けようと思います、の意。