芭蕉db

許六宛書簡

(元禄6年5月4日 芭蕉50歳)

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 御手紙辱、六日御立被候由*、誠に急成事共に而御残多、千萬難盡候*。此度は兼而存知候より御染々と辱芳情、御厚志之段顕候而珍重*、外内御志シ近敷候而*、門人の数に一方の御器量と、杉風・嵐蘭等迄大悦仕事に御座候*。御帰国被成候はゞ、去来へ御通し可成候。拙者方よりも可申遣、是も一人一ふりあるお(を)のこにて、尚白ごときのにやくやものに而は無御座*。俳諧愈御精可盡候*。折々玉句可仰聞*。一両歳之内再会、無恙可御意*
 朔日御入来、不御意御残多*。兼而相待候處*、晦日に釆女殿*やしきへ参候而ことのほか気色あしく、帰庵少遅候の間も心にかゝり候故、もどりには其角前へ出候而、もしあのあたりにいまだ御寄候半かと音づれ申候へ共、しかじか様子も知れ不申候。昨日立ながらに御いとまごひ可申と*朝から心がけ申候へ共、天気不定故見合申内段々来客、晩方に成候故、無是非やめ申候。七日御立被成候はゞ、明五日昼過に御門まで成共と存候へ共、六日御立に候はゞ、是も其間御ざ有るまじく候*。明日昼過、以使可進之*
一、絵色紙、素堂へいまだ今に得遣し不申候間、明日一所に可之候*。はさみ箱へ御入可成候。桃隣方へ被遣候は拙者先日参*、其角方へ人やらせ吟味させ申候へ共、其角留守にてしれ不申候。明日参候様に可申遣*。いづれもいづれもことのほか手跡出来し、大慶に存候*。拙者何とうろたへ候やら、與風*うつくしう書き出し候而、散々見ぐるしく気の毒に存候。中にも三井寺見られ不申候間、御帰国候而御あらため可下候。書直し可申候。三井寺のもやうも今少あらめに御書可然候。只はへの内に門許り御書被*、塔の頭雲の間よりちらりと見ゆるまでに可成候。賛書所、紙の間ゆるりと御書可成候*
一、木道麦脇付申候*。第三可然事無御座候間、貴様静に御案候而御書付可成候*
一、其角餞別第三、是も御ゆるさるべく候*。可然句も無御座*。餘り拙者過たるも不興之事に候間、発句・脇計に御捨可成候*。拙者も餞別と存候へ共いまだ出不申、若今日出申候はゞ、明日之便りに可之候。 以上

五月四日                         はせを

許六様
尚々此度さまざま絵を御無心申、忝難盡候。杉風押絵も可然様に奉頼候*。当夏中などは縁組之さたも無御座候へ共、前かた用意仕る為に而御座候間、内々奉頼候。今一度不御目候。御残多ながら一風流、世外の交り*はいつとてもかやうの物に而御座候。

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 深川芭蕉庵から許六に宛てた書簡。この書簡の翌々日許六は彦根に向かって旅立った。この二人の子弟は再び相まみえることは無かった。