芭蕉db

去来宛書簡

(元禄3年12月23日 芭蕉47歳)

 

書簡集年表Who'sWho/basho


御飛札竝小帋二束、被芳慮、辱、目出度受納、不浅令存候*。御病人之事、御名不存候*。定而御牢人衆之御内にて可御座候。時分柄御難儀、気之毒致推察候。
一、江戸より五つ物到来珍重、ゆづり葉、感心に存候*。乍去当年は此もの方のみおそろしく存候処、しゐて肝はつぶし不申候へ共、其躰新敷候*。前書之事不同心にて候*。彼義は只今 天地俳諧にして万代不易に候*。大言おとなしくても、おとなしき様になくては、風雅精神とは被申まじく候*。 却而云分ちいさき様に存候。ゆづり葉を口にふくむといふ万歳の言葉、犬打童子も知りたる事なれば、只此まゝにて指出したる、閑素にして面白覚候。其上文字の前書、今は凡士之手に落、前書に而人を驚かすべきやうに而、正道にあらざるやうに候。其まゝに而あれかしと存候。されども貴様御了簡、其角心底をも御汲被成候而、ともかくも可成候*
愚老木曾塚之坊越年之事、達而ねがひ申候間、大晦日よりあれへ移り、湖水元旦之眺望可致と存候。野水が朝ほどには有まじき哉と存候*
  尚々愚句元旦之詠、なるほどかろく可致候*。よくよく存候に、ことごと敷工み之所に而無御座候。却而世俗に落候半。加生、貴様、随分ことごと敷がよろしく候*
 
     極月廿三日               ばせを
 
去来様。
 
 

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 膳所の乙州の新宅に滞在中の元禄3年年の瀬、去来へ宛てた書簡。この前に、去来から其角の元禄4年新年の歳旦帖の原稿コピーが届けられていて、それも見ての印象を去来に送ったものらしい。去来が其角の原稿を知り得たのは、京都の書肆・井筒屋庄兵衛から出板するためで、其角はその発注を去来に依頼したからであろう。

 其角ら江戸蕉門の歳旦帖の出来ばえについては原則として誉めながらも、前書が不満で、彼らは「不易流行」と言いながらいまいち問題があるとしているのは興味がある。