馬見
雀の字や揃ふて渡る鳥の聲
てり葉の岸のおもしろき月 沾圃
立家を買てはいれば秋暮て 里圃
ふつふつなるをのぞく甘酒 見
霜氣たる蕪喰ふ子ども五六人 沾
莚をしいて外の洗足 里
悔しさはけふの一歩の見そこなひ 見
請状すんで奉公ぶりする 沾
よすぎたる茶前の天氣きづかはし 里
有ふりしたる國方の客 見
何事もなくてめでたき駒迎 沾
風にたすかる早稲の穂の月 里
臺所秋の住居に住かへて 見
座頭のむすこ女房呼けり 沾
明はつる伊勢の辛洲のとし籠り 里
簔はしらみのわかぬ一徳 見
俵米もしめりて重き花盛 沾
春静なる竿の染せ 里
鶯の路には雪を掃残し 見
しなぬ合点で煩ふて居る 沾
年々に屋うちの者と中悪く 里
三崎敦賀の荷のかさむ也 見
汁の實にこまる茄子の出盛て 沾
あからむ麥をまづ刈てとる 里
日々に寺の指圖を書直し 見
殿のお立のあとは淋しき 沾
錢かりてまだ取つかぬ小商 里
卑下して庭によい料理くふ 見
肌入て秋になしけり暮の月 沾
顔にこぼるゝ玉笹の露 里
此盆は實の母のあと問て 見
有付て行出羽の庄内 沾
直のしれた帷子時のもらひ物 里
聞て氣味よき杉苗の風 見
花のかげ巣を立雉子の舞かへり 沾
あら田の土のかはくかげろふ 里
里圃
いきみ立鷹引すゆる嵐かな
冬のまさきの霜ながら飛 沾圃
大根のそだゝぬ土にふしくれて 芭蕉
上下ともに朝茶のむ秋 馬見
町切に月見の頭の集め銭 沾
荷がちらちらと通る馬次 里
知恩院の替りの噂極りて 見
さくらの後は楓わかやぐ 沾
俎の鱸に水をかけながし 里
目利で家はよい暮しなり 見
状箱を駿河の飛脚請とりて 沾
まだ七つにはならぬ日の影 里
草の葉にくぼみの水の澄ちぎり 見
伊駒気づかふ綿とりの雨 沾
うき旅は鵙とつれ立渡り鳥 里
有明高う明はつるそら 見
柴舟の花の中よりつと出て 沾
柳の傍へ門をたてけり 里
百姓になりて世間も長閑さよ 見
ごまめを膳にあらめ片菜 沾
賣物の澁紙づゝみおろし置 里
けふのあつさはそよりともせぬ 見
砂を這ふ棘の中の絡線の聲 沾
別を人がいひ出せば泣 里
火燵の火いけて勝手をしづまらせ 見
一石ふみし碓の米 沾
折々は突目の起る天氣相 里
仰に加滅(減)のちがう夜寒さ 見
月影にことしたばこを吸てみる 沾
おもひのまゝに早稲で屋根ふく 里
手拂に娘をやつて娵のさた 見
参宮の衆をこちで仕立る 沾
花のあと躑躅のかたがおもしろい 里
寺のひけたる山際の春 見
冬よりはすくなうなりし池の鴨 沾
一雨降てあたゝかな風 里
沾圃
猿蓑にもれたる霜の松露哉
日は寒けれど静なる岡 芭蕉
水かゝる池の中より道ありて 支考
篠竹まじる柴をいたヾく 維然
鶏があがるとやがて暮の月 蕉
通りのなさに見世たつる秋 考
盆じまひ一荷で直ぎる鮨の魚 然
昼寐の癖をなをしかねけり 蕉
聟が来てにつともせずに物語 考
中国よりの状の吉左右 然
朔日の日はどこへやら振舞れ 蕉
一重羽織が失てたづぬる 考
きさんじな青葉の比の樅楓 然
山に門ある有明の月 蕉
初あらし畑の人のかけまはり 考
水際光る濱の小鰯 然
見て通る紀三井は花の咲かゝり 蕉
荷持ひとりにいとヾ永き日 考
こち風の又西に成北になり 然
わが手に脉を大事がらるゝ 蕉
後呼の内儀は今度屋敷から 考
喧嘩のさたもむざとせられぬ 然
大せつな日が二日有暮の鐘 蕉
雪かき分し中のどろ道 考
來る程の乗掛は皆出家衆 然
奥の世並は近年の作 蕉
酒よりも肴のやすき月見して 考
赤鶏頭を庭の正面 然
定らぬ娘のこゝろ取しづめ 蕉
寐汗のとまる今朝がたの夢 考
鳥籠をづらりとおこす松の風 然
大工づかひの奥に聞ゆる 蕉
米搗もけふはよしとて歸る也 考
から身で市の中を押あふ 蕉
此あたり弥生は花のけもなくて 然
鴨の油のまだぬけぬ春 考
今宵譜
野盤子
支考
今宵は六月十六日のそら水にかよひ、月は東方の乱山にかゝげて、衣裳に湖水の秋をふくむ。されば今宵のあそび、はじめより尊卑の席をくばらねど、しばしば酌てみだらず。人そこそこに涼みふして、野を思ひ山をおもふ。たまたまかたりなせる人さへ、さらに人を興ぜしむとにあらねば、あながちに弁のたくみをもとめず、唯うきぐさの水にしたがひ、水の魚をすましむるたとへにぞ侍りける。阿叟は深川の草庵に4年の春秋をかさねて、ことしはみな月さつきのあはいを渡りて、伊賀の山中に父母の古墳をとぶらひ、洛の嵯峨山に旅ねして、賀茂・祇園の涼みにもたヾよは
す。かくてや此山に秋をまてれけむと思ふに、さすが湖水の納涼もわすれがたくて、また三四里の暑を凌て、爰に草鞋の駕をとヾむ。今宵は菅沼氏をあるじとして、僧あり、俗あり、俗にして僧に似たるものあり。その交のあはきものは、砂川の岸に小松をひたせるがごとし。深からねばすごからず。かつ味なうして人にあかるゝなし。幾年なつかしかりし人々の、さしむきてわするゝににたれど、おのづからよろこべる色、人の顔にうかびて、おぼへず鶏啼て月もかたぶきける也。まして魂祭る比は、阿叟も古さとの方へと心ざし申されしを、支考はいせの方に住ところ求て、時雨の比はむかへむなどおもふなり。しからば湖の水鳥の、やがてばらばらに立わかれて、いつか此あそびにおなじからむ。去年の今宵は夢のごとく、明年はいまだきたらず。今宵の興宴何ぞあからさまならん。そヾろに酔てねぶるものあらば、罰盃の数に水をのませんと、たはぶれ
あひぬ。