阿羅野

  巻之三  初夏 仲夏 暮夏

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曠野集 巻之三

 

   初夏

ころもがへや白きは物に手のつかず   路通

更衣襟もおらずやだゞくさに      傘下

ころもがへ刀もさして見たき哉    鼠彈

肖柏老人のもちたまひしあらし山といふ香
を、馬のはなむけに文鱗がくれけるとて、
雪の朝越人が持ちきたるを忘れがたく、明る
わか葉の比、文鱗に申つかはしける
髭に焼香もあるべしころもがえ     荷兮

山路にて
なつ来てもたゞひとつの葉の一つ哉   芭蕉

いちはつはおとこなるらんかきつばた  一井

柿の木のいたり過たる若葉哉      越人

切かぶのわか葉を見れば櫻哉    岐阜不交

若葉からすぐにながめの冬木哉    藤羅

わけもなくその木その木の若葉哉    亀洞

ひらひらとわか葉にとまる故(胡)蝶哉  竹洞

ゆあびして若葉見に行夕かな      鈍可

はげ山や下行水の澤卯木        夢々

上ゲ土にいつの種とて麥一穂      玄寮

枯色は麥ばかり見る夏の哉       生林

麥かりて桑の木ばかり残りけり   作者不知

むぎからにしかるゝ里の葵かな     鈍可

しら芥子にはかなや蝶の鼠いろ     嵐蘭

鳥飛であぶなきけしの一重哉      落梧

けし散て直に實を見る夕哉     岐阜李桃

大粒な雨にこたえし芥子の花      東巡

散たびに兒ぞ拾ひぬ芥子の花      吉次

深川の庵にて
庵の夜もみじかくなりぬすこしづゝ   嵐雪

さびしさの色はおぼえずかつこ鳥    野水


   仲夏

宵の間は笹にみだるゝ螢かな    櫻井元輔

草刈の馬屋に光るほたるかな      一髪

窓くらき障子をのぼる螢かな      不交

闇きよりくらき人呼螢かな       風笛

道細く追はれぬ澤の螢かな       青江

あめの夜は下ばかり行螢かな      含呫(口偏に占)

くさかりの袖より出るほたる哉     卜枝

水汲て濡たる袖のほたるかな      鴎歩

はじめて葎室をとぶらはれける比
こゝらかとのぞくあやめの軒端哉    秋芳

蚊のむれて栂の一木の曇けり      小春

かやり火に寝所せまくなりにけり    杏雨

雨のくれ傘のぐるりに鳴蚊かな     ニ水

蚊の痩て鎧のうへにとまりけり     一笑

藻の花をかづける蜑の鬘かな      胡及

塩引て藻の花しぼむ暑さかな      兒竹

足伸べて姫百合艸おらす晝ね哉     此橘

竹の子に行燈さげてまはりけり     長虹

筍の時よりしるし弓の竹        去来

聞おればたゝくでもなき水鶏哉     野水

五月雨に柳きはまる汀かな     大津一龍

この比は小粒になりぬ五月雨      尚白

五月雨は傘に音なきを雨間哉      亀洞

岐阜にて
おもしろうさうしさばくる鵜縄哉    貞室

おなじ所にて
おもしろうてやがてかなしき鵜舟哉   芭蕉

おなじく
鵜のつらに篝こぼれて憐也       荷兮


あらば鮎も鳴らん鵜飼舟       越人

先ふねの親もかまはぬ鵜舟哉    大津淳兒

曲江にかがりの見えぬうぶねかな    梅餌

鴨の巣の見えたりあるはかくれたり   路通

松笠の緑を見たる夏野哉        卜枝

虹の音をかくす野中の樗哉       鈍可

藺の花や泥によごるゝ宵の雨      同

撫子や蒔繪書人をうらむらん      越人

冷じや灯のこる夏のあさ        藤羅

夏の夜やたき火に簾見ゆる里      且藁

庵の留主に
すびつさへすごきに夏の炭俵      其角

夕がほや秋はいろいろの瓢かな     芭蕉

ゆうがほのしぼむは人のしらぬ也    野水

夕貌は蚊の鳴くほどのくらさ哉     偕雪

山路来て夕がほみたるのなか哉   津島市柳

名はへちまゆふがほに似て哀也     長虹


  暮夏

楠も動くやう也蝉の聲         昌碧

雲の峰腰かけ所たくむなり       野水

夕立に干傘ぬるゝ垣穂かな       傘下

すゞしさに榎もやらぬ木陰哉      玄旨法印

涼しさよ白雨ながら入日影       去来

簾して涼しや宿のはいりぐち      荷兮

はき庭の砂あつからぬ曇哉       同

おもはずの人に逢けり夕涼み    鳴海如風

飛石の石龍や草の下涼み      津島俊似

涼しさや樓の下ゆく水の音       仝

挑燈のどこやらゆかし涼ミ舟      卜枝

すゞしさをわすれてもどる川辺哉    未學

吹ちりて水のうへゆく蓮かな    岐阜秀正

蓮みむ日にさかやきはわるゝとも  松坂晨風

笠を着てみなみな蓮に暮にけり     古梵

河骨に水のわれ行ながれ哉       芙水

はらはらとしみずに松の古葉哉     長虹

すみきりて汐干の沖の清水哉      俊似

連あまた待せて結ぶし水哉       文潤

引立て馬にのまするし水哉       潦月

かたびらは浅黄着て行清水哉      尚白

直垂をぬがずに結ぶしみずかな     一髪

虫ぼしや幕をふるえばさくら花     卜枝

麻の露皆こぼれけり馬の路     岐阜李晨

釣鐘草後に付たる名なるべし      越人

綿の花たまたま蘭に似たるかな     素堂


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