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年たつや家中の禮は星づきよ
元日や土つかふたるかほもせず
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- 年たつや家中の禮は星づきよ
其角
元日や土つかふたるかほもせず 去來
許六の説、當時元日と云冠用ゆまじき難アリ*。去來曰、元日ハ嫌べき事にあらず。やの字平懐にきこゆ。此難なるべし。此句元日と
いハんほかなし。やハ嘆美したるの詞也*。許六曰、其角此句を吟じ、春立といへバ歳旦にあらず。元日ハいひ古たりと窺ふ*。先師曰、さバかりの作者の今日元日と
いハんハ拙かるべしとて、年たつやトハ置給へり。又やの字ニ嘆賞のやといふハなし。五ツめのやハうたがひのやとハ習侍る。去來曰、角が句に於てハ先師かくの給ふべし。予が句に於てさハの給ハじ*。作者の甲乙を以ていふにはあらず。己々志ざす處に違有*。予ハ珍物新詞を以て常に第二等に置侍る。そこは先師も能見ゆるし給へり*。又嘆美のやハ名目にハなし。名目を以て謂ハバ治定のや也。治定にモ嘆息嘆美あり*。古今集の和歌にもあり。世話にもさいたりや虎御前、切たりやむさし坊といふ、皆治定
嗟嘆也ト論ズ。猶後賢判じ給へ*。
- 許六の説、當時元日と云冠用ゆまじき難アリ
:許六が、「元日」を上五に置いてはいけないという説を提唱した。「や」については許六と去来の間には相当の言語感覚のずれがあるらしい。環境の相違から来るものらしいので、この両者は永遠に歩み寄れなかったであろう。
- 去來曰、元日ハ嫌べき事にあらず。やの字平懐にきこゆ。此難なるべし。此句元日といハんほかなし。や
ハ嘆美したるの詞也:元日という言葉を冠に使うのを厭う理由は全くない。ただ、「や」が平板に聞こえるための非難であろうが、ここでは元日というほかない。それから、この「や」は詠嘆の「や」だ。
- 許六曰、其角此句を吟じ、春立といへバ歳旦にあらず
。元日ハいひ古たりと窺ふ。先師曰、さバかりの作者の今日元日といハん
ハ拙かるべしとて、年たつやトハ置給へり。又やの字ニ嘆賞のやといふハなし。五ツめのやハうたがひのやとハ習侍る:許六は「其角は、この句を吟じて、『春立つというとこれは歳旦句にはならない。元日という言葉は古っくさい。このことで芭蕉に尋ねたらところ、芭蕉は、其角ほどの作者が今日元日というのはまずいね。「年立つ」としなさい』と言われた。また、「や」の字には詠嘆の意味はなく、上五の5番目の文字「や」は疑問形の「や」だと(先師から)教わったと、言っていたよ。」と言った。
- 去來曰、角が句に於てハ先師かくの給ふべし。予が句に於てさハの給ハじ:私は反論した。「其角の句について先師はそう言ったでしょうよ。だからと言って、私の句にはそうは仰らないね」。
- 作者の甲乙を以ていふにはあらず。己々志ざす處に違有
:それは作者の優劣のためにそう仰るのではない。其角と私では、各々志すところが違うからなんだ。
- 予ハ珍物新詞を以て常に第二等に置侍る。そこは先師も能見ゆるし給へり
:<よはちんぶつしんしをもってつねにだいにとうにおきはべる。そこはせんしもよくみゆるしはべる>。私は、滑稽や新奇なものを尊重しない。そういうことを先師はよく理解して下さっていたものだよ。
- 又嘆美のやハ名目にハなし。名目を以て謂ハバ治定のや也。治定にモ嘆息嘆美あり
:まあ、君が言うように詠嘆の「や」というのは名目的には無いかも知れない。名目的にはむしろ「治定」だろうからね。しかし、治定にも詠嘆はあるんだよ。去来はここで説得工作の方針を変えたようだ。こう言って、古今集の「や」の例を挙げ、これらは皆治定にして詠嘆だと主張する。
- 猶後賢判じ給へ:なお、この論争については決着しないので後世の判断に委ねる。再び延長戦となった。