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蕣にほうき打敷おとこ哉
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蕣にほうき打敷おとこ哉
風毛
魯町曰
、此句或人の長點也。いかゞ侍るや*。去來曰、ほ句といはゞ謂れんのミ*。杜年曰、先師の蕣に我ハ食喰ふおとこ哉ト、いか成處に秀拙侍るや*。來曰、先師の句ハ和角蓼螢句といへるにて、飽まで巧たる句に答へ也。句上に事なし*。こたゆる處に趣ありて、風毛が句ハ前後表裏一の見るべき物なし*。如此句ハ口を開けば出る物也。こゝろ見に作てミセん。題を出されよ*。町則露と云。露落てしりこそばゆき木陰哉。きくと云。きく咲てやねのかざりや山ばたけと、十題十句言下に賦シ、もしはらミ句の疑もあらん*。一題を乞て十句セん。町砧と云。娘よりよめの音よハき砧哉。乗懸のねむりをさます砧哉トいふをはじめ、十句筆をおかせず*。予ハ蕉門遅吟第一の名有ルすらかくのごとし。いはんや集にも出たる先師の句なれば、各別の處ありとおもひしらるべし*。
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去來曰、此言ハ自照らふに似たり。然ども當時世間の作者、この蕣の句、或ハ道なかのむくげは馬にくはれけりなどいふ句體のまゝ侍るにまよひて、あさましき句を吐き出し、芭蕉流とおぼへたるやから有*。其輩にしらせんために此を記し侍るなり。
- 魯町曰
、此句或人の長點也。いかゞ侍るや:魯町が言った「この句は、ある点者の評価では優秀だったが、どう思うか?」
- 去來曰、ほ句といはゞ謂れんのミ:私の評価はまあまあ発句と言えるかどうかというレベルの評価だ。
- 杜年曰、先師の蕣に我ハ食喰ふおとこ哉ト、いか成處に秀拙侍るや:杜年(牡年の間違い)が、芭蕉句に「蕣に我ハ食喰ふおとこ哉」という句がありますが・風毛と先師の句のどんなところに優劣があるのでしょう?」と尋ねてきた。牡年は去来の弟。
- 來曰、先師の句ハ和角蓼螢句といへるにて、飽まで巧たる句に答へ也。句上に事なし:「和角蓼螢句」とは「和ス二角ガ蓼蛍ノ句ニ一
」の前詞をつけて其角の句「草の戸に我は蓼食ふ蛍哉」に応えた芭蕉句「蕣に我ハ食喰ふおとこ哉」のこと。この芭蕉句は、其角の実に技巧的で挑戦的な句に対して飽くまで技巧的に応えることを期したもので、句の主張にはあまり意味はない。
- こたゆる處に趣ありて、風毛が句ハ前後表裏一の見るべき物なし:そういう意味から芭蕉の作品は応えることに意味があったのであって、それから見れば風毛の句は句のどこにも見るべきものは無いよ、と私は言った。
- 如此句ハ口を開けば出る物也。こゝろ見に作てミセん。題を出されよ:こんなくなら口を開けば出てくるよ。試しに作って見せるからと、私は言った。
- 町則露と云。露落てしりこそばゆき木陰哉。きくと云。きく咲てやねのかざりや山ばたけと、十題十句言下に賦シ、もしはらミ句の疑もあらん:魯町が「露」や「菊」と言う題を出したので次の二つの句を即座に作った。また、引き続き、10題10句作って見せたが、事前に用意しておいたと疑われるかもしれない。
- 一題を乞て十句セん。町砧と云。娘よりよめの音よハき砧哉。乗懸のねむりをさます砧哉トいふをはじめ、十句筆をおかせず
:そこで、1題につき10句作ってみようというと、魯町は「砧」という題を出したので、即座に10句作った。
- 予ハ蕉門遅吟第一の名有ルすらかくのごとし。いはんや集にも出たる先師の句なれば、各別の處ありとおもひしらるべし:私は蕉門で一番遅吟と言われて有名だがその私ですら、これほど簡単に句など作れるのだ。いわんや、集にも入集している芭蕉句なのだから、何か格別のことがあると思わなくてはいけない。
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去來曰、此言ハ自照らふに似たり。然ども當時世間の作者、この蕣の句、或ハ道なかのむくげは馬にくはれけりなどいふ句體のまゝ侍るにまよひて、あさましき句を吐き出し、芭蕉流とおぼへたるやから有
:私はここで自慢をしているように見えるかもしれないが、近来の作者はこの芭蕉翁の朝貌の句やら木槿の句やらの句体をそのまま真似て無意味な句をひねり出して、それを芭蕉流と思っている輩がいる。実に嘆かわしい。そういう者達に知らせたくてこの一文を書いたのだ。