芭蕉db

小川のあま君(羽紅)宛書簡

(元禄6年1月27日 芭蕉50歳)

書簡集年表Who'sWho/basho


又七下り候折ふし、御文めづらしくながめ入まいらせ候*。いよいよ御ぶじの御事、何より何よりめでたくぞんじまゐらせ候。何かに付て御申出し候よし*、まことにあさからぬ御心ざし、此方猶々ねふしにつけても*、ぞんじいたす事のみ、ひさびさの御かいほう露ばかりもわすれ不申候*
ほっくふたつ、さてもかんじ入まゐらせ候*。いまだすたり不申候だん、御うれしく存候。中にも草かぶれの句いかばかりほそき手あしのかぶれけんと、おもかげみゆる計に候。さるみのつばきのことば書より*、いかなる美女にや、ていじょにやと、人々ゆかしがり候。びじょにもあらず、ていじょにもあらず、たゞ心のあはれ成あまにて候、とこたへ申候。いよいよ心のあはれなるやうに御しゆぎやう*なさるべく候。ぼんちゃうつとめられ候よし、一だんの御事に候*。無常迅速無常迅速*

はせを

    正月廿七日
  小川のあま君へ
      御返事

こんにやくにけふはうりかつ若菜哉

春もやゝけしきとゝのふ月と梅

この頃の句かき付候。てほんに可成候。句出申候は、又々御申越待入候。
なごやのやつばら共、いよいよ不通に成候と、相見え申候*。のこり多候。
  尚々御そもじよりたまはり候こしわたふゆ中かしらにまき候て、かんをふせぎ候*

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 江戸深川芭蕉庵から、当時未だ京都に居た凡兆の妻羽紅に宛てた書簡。。