芭蕉db

曲翠宛書簡

(元禄6年11月8日 芭蕉50歳)

(真蹟:天理大学附属天理図書館所蔵)

書簡集年表Who'sWho/basho


此ほどの御なつかしさ筆端難尽事共に而*、壁の影法師・練塀の水仙、申さば千年を過たるに同じかるべく候*。当夏暑気つよく、諸縁音信を断、初秋より閉関、二郎兵へは小料理に慰罷有候*。夏中は筆をもとらず、書にむかはず、畫も打捨寝くらしたる計に御座候。頃日漸寒に至り候而、少し云捨など申ちらし候*

鞍壺に小坊主乗ルや大根挽キ

振賣の雁哀也夷講

洒堂より書状こして、此度返翰具に遣し申候。いまだ御見舞にも不参候由、沙汰のかぎりと申遣し候*
正秀鶉の句、驚入申候*。夏中物むつかしさに何方へも案内不仕候へば、此をのこは何事指はさみ候にや、書状もくれ不申候*。但シ此方いたはりて書状不越候にや、其器量に応じておもひ計申候*
一、竹助殿御成人、御染女*御無事、承度候。以上
    霜月八日                                はせを
  曲翠様

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 深川芭蕉庵から、江戸在勤から膳所に戻った菅沼曲水宛書簡。曲水からの書簡に対する返書である。文中の振売の句は元禄6年10月20日の作とされている。