加賀百万石の城下町金沢は、芭蕉が『奥の細道』で訪れた翌年3月16日の深夜、大火に見舞われ、灰燼に帰した。本書簡は、その旅の折に入門した北枝宛の見舞と激励の書簡である。北枝が大火の後で詠んだ句「焼にけりされども花はちりすまじ」は、後に『猿蓑』に所収された。書簡では、この句を詠んだ北枝の詩心を賞賛することで励ましとしたのである。
大丈夫感心、去来・丈草も御作驚申斗に御ざ候:<だいじょうぶかんしん、きょらい・じょうそうもおさくおどろきもうすばかりにござそうろう>と読む。「大丈夫」は精神の昂揚を指していう。去来・丈草についてはWho'sWho参照。
名哥を命にかへたる古人も候へば:「名哥」は<めいか>と読み、名歌のこと。『枕草子』に、昔源頼実住吉明神に祈り名歌を得たが、直後に命が果てたという話がある。