すみたはら

俳諧炭俵集 下巻

穐之部 冬之部 秋之部 天野氏興行 ふか川にて即興 杉風發句


  
   穐之部 秋のあはれいづれかいづれかの中に、
                 月を翫て時候の序をえらばず。
 

   名月

名月や見つめても居ぬ夜一よさ    湖春

名月や掾(縁)取まはす黍の虚    去来

家買てことし見初る月夜哉      荷兮

名月や誰吹起す森の鳩        洒堂

松陰や生船揚に江の月見       里東

もち汐の橋のひくさよけふの月    利牛

家こぼつ木立も寒し後の月      其角

むさしの仲秋の月、はじめて見侍て、
「望峯ノ不盡筑波」を、
明月や不二みゆるかとするが町     素龍

  七夕

笹のはに枕付てやほしむかへ     其角

星合にもえ立紅やかやの縁      孤屋

七夕やふりかはりたるあまの川    嵐雪

  盂蘭盆

とうきびにかげろふ軒や玉まつり   洒堂

踊るべきほどには酔て盆の月    李由

盆の月ねたかと門をたゝきけり    野坡

  朝貌

閉関
朝貌や昼は錠おろす門の垣      芭蕉

朝貌や日傭出て行跡の垣       利合

てしがなと朝貌ははす柳哉      湖春

  秋虫

年よれば聲はかるゝぞきりぎりす  大津智月

悔いふ人のとぎれやきりぎりす    丈艸

蟷螂にくんで落たるぬかごかな   さが為有

こうろぎや箸で追やる膳の上     孤屋

  鹿

友鹿の啼を見かへる小鹿かな     車來

人のもとめによりて
鹿のふむ跡や硯の躬恒形       素龍

旅行のとき
近江路やすがひに立る鹿の長     土芳

  草花

宮城野の萩や夏より秋の花      桃隣

花すゝきとらへぢからや村すヾめ   野童

片岡の萩や刈ほす稲の端       猿雖

芦の穂や貌撫揚る夢ごゝろ      丈草

なには津にて
芦のほに箸うつかたや客の膳     去来

女中の茸狩をみて
茸狩や鼻のさきなる哥がるた     其角

團菊
菊畑おくある霧のくもり哉      杉風

紺菊も色に呼出す九日かな      桃隣

  秋植物

柿のなる本を子どもの寄どころ    利牛

落栗や谷にながるゝ蟹の甲      祐甫

箕に干て窓にとちふく綿の桃     孤屋

とうがらしの名を南蛮がらしといへるは、
かれが治世南ばんにてひさしかりしゆへ
にや。未祥。ほうづき、天のぞき、そら
見、八つなりなどいへるは、をのがかた
ちをこのめる人々の、もてあそびて付た
る成るべし。みなやさしからぬ名目は、
汝がむまれ付のふつゝかなれば、天資自
然の理、さらさら恨むべからず。かれが
愛をうくるや、石臺にのせられて、竹縁
のはしのかたにあるは、上々の仕合なり。
ともすればすりばちのわれ、そこぬけの
つるべに土かはれて、やねのはづれ、二
階のつま、物ほしのひかげをたのめるな
ど、あやうくみえ侍を、朝貌のはかなき
たぐひには、たれもたれもおもはず、大
かたはかづら髭つり髭のますらおにかし
づかれて、びんぼ樽の口をうつすさかな
となり、不食無菜のとき、ふと取出され、
おほくはやつこ豆麩の比、紅葉の色をみ
するを栄花の頂上とせり。かくはいへど、
ある人北野もうでの歸さに、みちのほと
りの小童に、こがね一兩くれて、なんぢ
が青々とひとつみのりしを所望せし事あ
りといへば、いやしめらるべきにもあら
ず。しかし、いまはその人々も此世をさ
りつれば、いよいよ愛をもたのむべから
ず。からきめもみすべからずと、小序を
しかいふ
石臺を終にねこぎや唐がらし     野坡

  題しらず

相撲取ならぶや秋のからにしき    嵐雪

水風呂の下や案山子の身の終     丈草

碪ひとりよき染物の匂ひかな     洒堂

秋のくれいよいよかるくなる身かな  荷兮

茸狩や黄蕈も兒は嬉し貌       利合

夕貌の汁は秋しる夜寒かな      支考

くる秋は風ばかりでもなかりけり   北枝

秋風に蝶やあぶなき池の上      依々

包丁の片袖くらし月の雲       其角


   冬之部

 

  初冬

凩や沖よりさむき山のきれ      其角

市中や木の葉も落ずふじ颪      桃隣

冬枯の礒に今朝みるとさか哉     芭蕉

櫻木や菰張まはす冬がまへ      支梁

蜘の巣のきれ行冬や小松原      斜嶺

刈蕎麥の跡の霜ふむすヾめ哉     桐奚

凩の薮にとヾまる小家かな           残香

初霜や猫の毛も立臺所        楚舟

凩や盻しげき猫の面         八桑

南宮山に詣で
木枯の根にすがり付檜皮かな     桃隣

箒目に霜の蘇鉄のさむさ哉      游刀

  時雨

芋喰の腹へらしけり初時雨      荊口

黒みけり沖の時雨の行ところ     丈艸

芭蕉翁をわが茅屋にまねきて
もらぬほど今日は時雨よ草の庵    斜嶺

在明となれば度々しぐれかな     許六

旅ねのころ
小夜しぐれとなりの臼は挽やみぬ   野坡

大根引というふ事を
鞍壺に小坊主乘るや大根引      芭蕉

蜂まきをとれば若衆ぞ大根引     野坡

神送荒たる宵の土大根        洒堂

  さむさを下の五文字にすへて

人聲の夜半を過る寒さ哉       野坡

この比は先挨拶もさむさ哉      示蜂

蕎麦切に吸物もなき寒さ哉      利牛

足もともしらけて寒し冬の月     我眉

魚店や莚うち上て冬の月       里東
右の二句は、ふか川の庵へをとづれ
し比、他國よりの状のはしに有つる
をみて、今爰に出しぬ。

  雪

はつ雪にとなりを顔で教けり     野坡

初雪の見事や馬の鼻ばしら      利牛

はつ雪や塀の崩れの蔦の上      買山

雪の日に庵借ぞ鷦鷯         依々

雪の日やうすやうくもるうつし物   猿雖

冬の夜飯道寺にて
杉のはの雪朧なり夜の鶴       支考

朱の鞍や佐野へわたりの雪の駒    北枝

はつ雪や先馬やから消そむる     許六

炭賣の横町さかる雪吹哉       湖夕

海山の鳥啼立る雪吹かな       乙州

江の舟や曲突にとまる雪の鷺     素龍

  題不知

かなしさの胸に折レ込枯野かな 羽黒亡人呂丸

寒菊や粉糠のかゝる臼の端      芭蕉

禅門の革足袋おろす十夜哉      許六

御火焼の盆物とるな村がらす     智月

白うをのしろき匂ひや杉の箸     之道

榾の火やあかつき方の五六尺     丈艸

庚申やことに火燵のある座敷     残香

誰と誰が縁組すんでさと神樂     其角

海へ降霰や雲に波の音        仝

  すゝはき

煤はきは己が棚つる大工かな     芭蕉

煤拂せうじをはくは手代かな     万乎

餅つきや元服さする草履取      野坡

山臥の見事に出立師走哉       嵐雪

待春や氷にまじるちりあくた     智月

  歳暮

このくれも又くり返し同じ事     杉風

はかまきぬ聟入もあり年のくれ    李由

なしよせて鶯一羽としのくれ     智月

鍋ぶたのけばけばしさよ年のくれ   孤屋

としの夜は豆はしらかす俵かな    猿雖

年のくれ互にこすき錢づかひ     野坡

芭蕉よりの文に、くれの事いかヾなど
在し其かへり事に
爪取て心やさしや年ごもり      素龍

行年よ京へとならば状ひとつ     湖春


   俳諧秋之部

 

                 其角
秋の空尾上の杉に離れたり

 おくれて一羽海わたる鷹      孤屋

朝霧に日傭揃る貝吹て        仝

 月の隠るゝ四扉の門        其角

祖父が手の火桶も落すばかり也    仝

 つたひ道には丸太ころばす     孤屋

下京は宇治の糞舩さしつれて     仝

 坊主の着たる簔はおかしき     其角

足輕の子守して居る八つ下り     孤屋

 息吹かへす霍乱の針        其角

田の畔に早苗把て投て置       孤屋

 道者のはさむ編笠の節       其角

行燈の引出さがすはした銭      孤屋

 顔に物着てうたゝねの月      其角

鈴縄に鮭のさはればひヾく也     孤屋

 雁の下たる筏ながるゝ       其角

貫之の梅津桂の花もみぢ       孤屋

 むかしの子ありしのばせて置    其角

いさ心跡なき金のつかひ道      仝

 宮の縮のあたらしき内       孤屋

夏草のぶとにさゝれてやつれけり   其角

 あばたといへば小僧いやがる    孤屋

年の豆蜜柑の核も落ちりて      其角

 帯ときながら水風呂をまつ     孤屋

君來ねばこはれ次第の家となり    其角

 稗と塩との片荷つる籠       孤屋

辛崎へ雀のこもる秋のくれ      其角

 北より冷る月の雲行キ       孤屋

紙燭して尋て來たり酒の残      其角

 上塗なしに張てをく壁       孤屋

小栗讀む片言まぜて哀なり      其角

 けふもだらつく浮前のふね     孤屋

   孤屋旅立事出來て、洛へのぼりけるゆへに、今四句未満にして吟終りぬ

 其角

 孤屋

   各十六句


   天野氏興行

 

                 桃隣
道くだり拾ひあつめて案山子かな

 どんどと水の落る秋風       野坡

入月に夜はほんのりと打明て     利牛

 塀の外まで桐のひろがる      桃隣

銅壺よりなまぬる汲んでつかふ也   野坡

 つよふ降たる雨のついやむ     利牛

瓜の花是からなんぼ手にかゝる    桃隣

 近くに居れども長谷をまだみぬ   野坡

年よりた者を常住ねめまはし     利牛

 いつより寒い十月のそら      桃隣

臺所けふは奇麗にはき立て      野坡

 分にならるゝ嫁の仕合       利牛

はんなりと細工に染まる虹うこん   桃隣

 鑓持ばかりもどる夕月       野坡

時ならず念仏きこゆる盆の中     利牛

 鴫まつKにきてあそぶ也      桃隣

人の物負ねば樂な花ごゝろ      野坡

 もはや弥生も十五日たつ      利牛

より平の機に火桶はとり置て     桃隣

 むかひの小言たれも見廻ず     野坡

買込だ米で身躰たゝまるゝ      利牛

 帰るけしきか燕ざはつく      桃隣

此度の薬はきゝし秋の露       野坡

 杉の木末に月かたぐ也       利牛

同じ事老の咄しのあくどくて     桃隣

 だまされて又薪部屋に待      野坡

よいやうに我手に占を置てみる    利牛

 しやうしんこれはあはぬ商 ヒ     桃隣

帷子も肩にかゝらぬ暑さにて     野坡

 京は惣別家に念入         利牛

焼物に組合たる富田A        桃隣

 隙を盗んで今日もねている     利牛

髪置は雪踏とらする思案にて     野坡

 先沖まではみゆる入舟       桃隣

内でより菜がなうても花の陰     利牛

 ちつとも風のふかぬ長閑さ     野坡


  神無月廿日ふか川にて即興

                 芭蕉
  
神無月廿日ふか川にて即興
振賣の鴈あはれ也ゑびす講

 降てはやすみ時雨する軒      野坡

番匠が椴小節を引かねて       孤屋

 片はげ山に月をみるかな      利牛

好物の餅を絶さぬあきの風      野坡

 割木の安き國の露霜        野坡

網の者近づき舟に聲かけて      利牛

 星さへ見えず二十八日       孤屋

ひだるきは殊軍の大事也       芭蕉

 淡氣の雪に雑談もせぬ       野坡

明しらむ籠挑灯を吹消して      孤屋

 肩癖にはる湯屋の膏藥       利牛

上をきの干葉刻むもうはの空     野坡

 馬に出ぬ日は内で恋する      芭蕉

株モフ七つさがりを音づれて     利牛

 塀に門ある五十石取        孤屋

此嶋の餓鬼も手を摺月と花      芭蕉

 砂に暖のうつる青草        野坡

新畠の糞もおちつく雪の上      孤屋

 吹とられたる笠とりに行      利牛

川越の帯しの水をあぶながり     野坡

 平地の寺のうすき藪垣       芭蕉

干物を日向の方へいざらせて     利牛

 塩出す鴨の苞ほどくなり      孤屋

算用に浮世を立る京ずまひ      芭蕉

 又沙汰なしにむすめ産<ヨロコブ>     野坡

どたくたと大晦日も四つのかね    孤屋

 無筆のこのむ状の跡さき      利牛

中よくて傍輩合の借りいらゐ     野坡

 壁をたゝきて寐せぬ夕月      芭蕉

風やみて秋の鴎の尻さがり      利牛

 鯉の鳴子の綱をひかゆる      孤屋

ちらばらと米の揚場の行戻り     芭蕉

 目Kまいりのつれのねちみやく   野坡

どこもかも花の三月中時分      孤屋

 輪炭のちりをはらふ春風      利牛

  芭蕉

  野坡

  孤屋

  利牛

   各九句


                 杉風
雪の松おれ口みれば尚寒し

 日の出るまへの赤き冬空      孤屋

下肴を一舟濱に打明て        芭蕉

 あいだとぎるゝ大名の供      子珊

身にあたる風もふはふは薄月夜    桃隣

 粟をかられてひろき畠地      利牛

熊谷の堤きれたる秋の水       岱水

 箱こしらえて鰹節賣る       野坡

二三疊寐所もらふ門の脇       子珊

 馬の荷物のさはる干もの      沾圃

竹の皮雪踏に替へる夏の來て     石菊

 稲に子のさす雨の ばらばら     杉風

手前者の一人もみえぬ浦の秋     野坡

 めつたに風のはやる盆過      利合

宵々の月をかこちて旅大工      依々

 背中へのぼる兒をかはゆがる    桃隣

茶むしろのきはづく上に花ちりて   子珊

 川からすぐに小鮎いらする     石菊

朝曇はれて気味よき雉子の声     杉風

 背戸へ廻れば山へ行みち      岱水

物思ひたヾ鬱々と親がゝり      孤屋

 取集めてはおほき精進日      曾良

餅米を搗て俵へはかりこみ      桃隣

 わざわざわせて薬代の礼      依々

雪舟でなくばと自慢こきちらし    沾圃

 となりへ行て火をとりて來る    子珊

又けさも仏の食で埒を明       利牛

 損ばかりして賢こがほ也      杉風

大坂の人にすれたる冬の月      利合

 酒をとまれば祖母の氣に入     野坡

すゝけぬる御前の箔のはげかゝり   子珊

 次の小部屋でつにむせる声     利牛

約束にかヾみて居れば蚊に食れ    曾良

 七つのかねに駕籠呼に來る     杉風

花の雨あらそふ内に降出して     桃隣

 男まじりに蓬そろゆる       岱水

  杉風 五   野坡 三

  孤屋 二   沾圃 二

  芭蕉 一   石菊 二

  子珊 五   利合 二

  桃隣 四   依々 二

  利牛 三   曾良 二

  岱水 三

          撰者芭蕉門人

              志田氏 野 坡

              小泉氏 孤 屋

              池田氏 利 牛

  元禄七歳次甲戌六月廿八日

俳諧炭俵下巻之終

 

  京寺町通

     井筒屋庄兵衛

  江戸白銀丁

     本屋  藤助



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冬枯の礒に今朝みるとさか哉:公羽を翁と誤って芭蕉の作品とした間違い。