内記殿御下り:京都の宮中の役人が預かってきた手紙で、其角が受け取って転送してきたものが一通ある。ただし、この内記には会っていないし、宿も知らないというのである。こういう経路で手紙が来たのは、去来の兄元端が宮中の儒医をやっていることと関係があるのであろう。なお、内記とは中務省(律令制で、八省の一。天皇に侍従し、詔勅の文案の審署、宣旨・上表の受納・奏進、国史の監修、女官の人事、僧尼名籍などのことをつかさどった。職員は四等官のほか内記・監物・主鈴・典鑰(てんやく)などがあった。<なかのまつりごとのつかさ。>(『大字林』))の役人。
史邦:京都所司代与力<ふみくに>。京都蕉門の門人。Who'sWho参照
佞者のにくみたるべく候:<ねいじゃ>と読む。史邦が出版や三つ物のことで人々の話題になったので、それを妬んだ者の仕業で史邦が辞職に追い込まれたのではないか?
版木・三つ物:出版や歳旦帳の三つ物。
句空:Who'sWho参照。
「雉子ほろろ」感心申し候:去来の作の「雉子ほろろ」はよい。
愚案この節、巻きてふところにすべし:「愚案」は「軽み」のこと。この説を、理解してもらえるとも思えないので公開しない、の意。
荷担の者少々一統致すべく:芭蕉の推奨する「軽み」に賛同して、「一統」集まってくる人もないではないかもしれないが、の意。しかし、それでは既存の門人達に迷惑のかかることだから、知らん振りをしている、というのである。
盤子:各務支考のこと。支考はこのとき奥州に旅をしていた。
例のむつかし:偉い人に会うのを苦手とする癖のこと。芭蕉は、名利にこだわらなかったので、高貴な人に会うことを好まなかった。
また上り申すべくと存じ候:上方に、元禄5年暮れには上りたかった、というのである。しかし、彼は元禄7年まで江戸を動かなかった。
愚庵気を詰め候こと成りがたく候:芭蕉庵に一緒に住むなど窮屈でできっこない、の意。それゆえ、支考は奥州に旅に出ているというのである。