S26
魯町に別るゝ句也。先師曰、此句惡きといふにはあらず。功者にてたゞ謂まぎらされたる句也*。去來曰、いか様にさしてなき事を、句上にてあやつりたる處有*。しかれどいまだ十分に解せず。予が心中にハ一物侍れど、句上にあらハれずと見ゆ。いハゆる意到句不到也*。
手をはなつ中に落ちけり朧月:魯町は去来の優秀な弟。一句は魯町が長崎に帰るに当たって別れのシーン。春の早朝の残月がかかっていたが、握り合う手を離せないままにいると、月の方が先に消えてしまったというのである。兄弟仲の良い去来一家の家族愛が伝わってくる一句。
功者にてたゞ謂まぎらされたる句也:この句は、何が悪いというのではない。しかし、技巧が勝ちすぎて情景がぴったりと表現されない。思いがけない時間の経過を言うためなのに、「中に落ちけり」では月が分かれられない二人の間に月が落ちたように解されてしまう。
去來曰、いか様にさしてなき事を、句上にてあやつりたる處有 :大したことでもないことを句の上でこね回しているところがあるようです。
予が心中にハ一物侍れど、句上にあらハれずと見ゆ。いハゆる意到句不到也:<・・、いわゆるいいたりてくいたらずなり>。表現したいことは心の中にあるのに、句の上に表出できていない。