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泥がめや苗代水の畦うつり 史邦さるミの撰に、予誤て畦つたひと書。先師曰、畦うつりと傳ひと、形容風流各別也*。殊に畦うつりして蛙なく也ともよめり。肝要の氣色をあやまる事、筆の罪のみにあらず。句を聞事のおろそかに侍るゆへ也と* 、機嫌あしかりけり。
泥がめや苗代水の畦うつり:苗代から稲苗を抜き取って、田植えの田に持っていく作業が始まったのであろう。それまで苗間に住んでいたスッポンたちは棲む所を追われて畦を横切って隣の田んぼに引越しを始めた。
先師曰、畦うつりと傳ひと、形容風流各別也:<せんしいわく、あぜうつりとつたいと、けいようふうりゅうかくべつなり>。畦うつりと畦伝いでは姿形も風流も全く違う。「畦うつり」とは畦をまたいで隣の田に移っていくこと、「畦つたい」は畦に沿って上流から下流に移動することで、同一の田の中にいる。
肝要の氣色をあやまる事、筆の罪のみにあらず。句を聞事のおろそかに侍るゆへ也と:肝心な句の意味を取り違えることは、単に書き違えたというようなことではなくて、句を普段から聞くことをおろそかにしているためですよ。芭蕉は実に不機嫌であった。