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月雪や鉢たゝき名は甚之亟 越人
去来曰、猿ミの撰ノ比伊丹の句に、彌兵衛とハしれど憐や鉢扣云有。越が句入集いかゞ侍らん*。先師曰 、月雪といへるあたり一句働見へて、しかも風姿有。たゞしれど憐やといひくだせるとハ各別也。されど共に鉢扣の俗體を以て趣向を立、俗名を以て句をかざり侍れば、尤遠慮有べし*。又重ての折も有なんと也。
月雪や鉢たゝき名は甚之亟:鉢たたきは実にロマンチックなものだが、あの鉢を叩いているのは実は甚之亟<じんのじょう>なんだよ、俺は知っているんだ。鉢たたきは、時宗の信者たちが年の瀬に行う宗教行事だが、時宗は階級的に貶められた人々が多く依った踊る宗教といわれた浄土信仰であった。それだけに、独特の雰囲気と文化的意味を人々に感じさせてもいたのであろう。
越が句入集いかゞ侍らん:越人の句と、伊丹の作品は全く同じ対象を表現しているので、「猿蓑」に採るべきか否かを芭蕉に尋ねたのである。
されど共に鉢扣の俗體を以て趣向を立、俗名を以て句をかざり侍れば、尤遠慮有べし:越人も伊丹も鉢たたきの俗陳としての姿をモチーフとし、俗名を甚之亟<じんのじょう>とか弥兵衛<やひょうえ>とか挙げているところも全く同じ。今回の掲載は遠慮しましょう。