S12
此句ハ予おもふ處有て作す。五文字古ゑぼし・紙ぎぬ等ハ謂過ぎたり*。景物ハ下心徹せず。あさましや・口をしやの類ハはかなしと、今の冠を置て窺ひけれバ*、先師曰、五文字に心をこめておかバ、信徳が人の世や成べし*。十分ならずとも、振舞にて堪忍有可と也*。
此句ハ予おもふ處有て作す 。五文字古ゑぼし・紙ぎぬ等ハ謂過ぎたり:この時代の雛祭の雛飾りは現代のような絢爛豪華なそれではない。紙で作った粗末なもの。祭りが終われば川に流しもしたのである。そんな雛を来年まで残しておいて、又使うこともあるのだが、そんなときには古いのは下段の目立たないところに配置される。これが「下座に直る」という「振舞」である。実は去来は、この句に強い思いをこめて作ったらしいが、それだからと言って、この上五に、「古えぼし」だの「紙衣」だのと置いたのでは、直截過ぎて言い過ぎになる。
景物ハ下心徹せず。あさましや・口をしやの類ハはかなしと、今の冠を置て窺ひけれバ:それにしても「上えぼし」や「紙ぎぬ」のような景物では、心理を表現できず、「あさましや」だとか「口おしや」では具合が悪いので、上五の冠を探しているときに「振舞や」と置いた上で芭蕉に尋ねたらば・・・
信徳が人の世や成べし:伊藤信徳の句「人の代や
十分ならずとも、振舞にて堪忍有可と也: