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猪の鼻ぐすつかす西瓜かな
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- 猪の鼻ぐすつかす西瓜かな
卯七
去來曰、させる事なし*。三四分の句也*。正秀、猪なれバこそ鼻ハぐすつかしけんト甚だ悦れり*。其後先師も一興有ト也*。去來曰、退ておもふに、この比いまだ上方西瓜ハ珍し。正秀もめづらしとおもふ心より、猪のあやしミたるトハ風情聞出セリ。予ハ西國生にて、西瓜も瓜茄子の如し。曾て心ゆかず。惣て人の句をきくに、我がしる場しらざる場にたがひ有て、虎の咄
しをきゝて追レたるものゝ、汗をながしたるとゆへる類也*。
- 猪の鼻ぐすつかす西瓜かな:<いのししの はなぐずつかす すいかかな>。見たこともない西洋渡来のスイカを始めてみたイノシシ、鼻をクンクンさせて匂いを嗅いでいる。もちろん最後には食ってしまったはずだが。この「猪」は人間かもしれない。卯七も去来も長崎出身ゆえ、早くから西瓜を知っていた。正秀も芭蕉も、田舎もので西瓜は珍しかったのが、この話題の主題。
- 去來曰、させる事なし。三四分の句也:大した句じゃないね、3、40点のでき、と私は思った。
- 正秀、猪なれバこそ鼻ハぐすつかしけんト甚だ悦れり:正秀は、猪はバカだからびっくりして鼻をクンクンさせたのだろうが、実におもしろいと喜んだ。
- 其後先師も一興有ト也:その後、芭蕉もこれは一興あるといって評価した。
- 惣て人の句をきくに、我がしる場しらざる場にたがひ有て、虎の咄
しをきゝて追レたるものゝ、汗をながしたるとゆへる類也:他人の作品を鑑賞するとき、知ってる情景と知らないそれでは、鑑賞に違いが生ずる。虎に追いかけられた経験を持つ人は、虎の話を聞くだけで汗をかいてしまうのと同じなのだろう。