芭蕉宛去来書簡

(元禄7年5月14日)

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去年申上候発句ども

鶯に橘見する羽ぶき哉  土芳

荒壁や裏もかへさぬ軒の梅  素牛

此は自集に出申候

饂飩打跡や板戸の朧月  丈艸

此は露川が集に出候

鳥の音もたえず家陰の赤椿  支考

此句、他ノ集に出候。併、句作ぬるく候間、仕直し候而、此度の集に出し可申候と奉存候。

滝壷に命うち込小鮎かな   為有

爪切ン若菜の汁のうすみどり

登帆の明石はなれぬ塩干哉  去来

花守や白キかしらをつき合セ  同

此句、心柱と申者の集に出し候。句ヲあやまりて出し候。先頃いセの文代と申者まいり候而、發句を望候故、最早出たる句に候共、此句を入直し候へと申遣し候。

茨原咲添ふ物も鬼あざみ   荒雀

山藤の氣まゝを見たるしだれ哉   卯七

山の手を力がほ也春の月   魯町

燕や畑をりかへす馬の跡   野童

照つゞく日や陽炎の柴うつり   史邦

時鳥なくや雲雀と十文字   去来

此は車庸が集ノ歌仙に出。

京入や鳥羽の田植のかへる中   卯七

花げしや南の町の衣配リ   可南

はねつるべ蛇の行衛やかきつばた   丈草

蕣の二葉にうくるあつさ哉   去来

石ぶしや裏門あけて夕涼ミ   牡年

二三番鳥は鳴ともあつさ哉   魯町

すゞしさや塀にまたがる竹の杖   卯七

月すゞし浮洲の上の雑魚くらべ   去来

此句、又心桂が集に取出し候共、此度又歌仙の発句に仕候

月影に動く夏木や葉のひかり   可南

すゞしさや海老のはね出す日のかげり   素牛

此句、自集に出し候。

卯の花のたえまたゝかんやみのかど   去来

此句、又心桂が集に出し候。殊に句をあやまり候。素牛集に再出。

藻の花やたぐり捨るを一さかり   丈草

朝がほのつぼみかぞへん薄月よ   田上尼

車庸がもとにて二句。

蕣にふりこめられて旅ね哉   去来

芦の穂にはし打かたや客の膳   同

舟引の道かたよけて月見哉   丈草

明月や橡とり廻す黍のから   去来

いなづまにゆられて月も一ころび  同

右の二句も、心桂集に出し候。電の句は歌仙の発句、則去秋浪化へ参候刻ノ會。

なき人の秋も野分のくづれ口   去来

千貫の劔うづむや苔の露   去来

はな薄とらへ力やむら雀   野童

凩や背をふかれ行牛の声   風斤

狼のめたりがほなるかゝし哉   荒雀

毀落柿舎三句

頓而ちる柿の紅葉もね間の跡   去来

屋こぼちの日用がしらや柿の主   鳳仭

菴とく鎌のしり手や柿紅葉   可南

寝道具のかたかたやうき玉祭   去来

辻堂にうぐろ立込月よ哉   同

一つづゝ時雨来にけり丸がはら   風蕎

平押に五返田くもるしぐれ哉   鳳仭

冬の海勢一ぱいの入日哉   卯七

むしろ帆に霰たばしる月よ哉   牡年

弟のうれひに逢ひて

かなしさの胸にをれ込枯野哉   呂丸

初雪のけさはかくれず沓の鼻   可南

暖簾や雪吹わたすはたご町   去来

掃ちぎる八丈敷の寒さ哉    同

千鳥啼ク庚申待の舟屋形   丈草

右之通、去年発句被仰下候時より書写し進上仕候。此内、其元ノ集に入候句共、乍慮外印御つけ被遊可下奉頼上候。残ル句、浪化方に遺し申度候。下拙句も続集に五句御加入被遊被下候由、承候。心桂が集に去年取出候句共多く、近比難儀仕候。若五句の内にては無之やと無心元存候。此段は前に委細御断申上候。發句の事被仰下候以後、一句も外へもらし不申候。又、御發句、去年より被仰下候内、若其元の御集にもれ申候御發句も御座候はゞ、此度浪化集に拝領仕度候。其外にも何とぞ御句ども被遣被下候はゞ、別而忝可存候。

御発句

腫物に柳のさはるしなへ哉

煤掃はをのが棚釣大工哉

鞍つぼに小坊主のるや大根引

  此発句、大坂にて承候而、素牛が集に出し候。

振売の雁哀也夷講

  此も同前かと奉存候。

菊の香や庭にきれたる沓の尻

夕顔や酔て顔出す竹すだれ

窓なりに昼ねのござや竹むしろ

行秋の芥子にせまりてかくれけり

右之通に御座候。此内、御集にもれ候を、拝領仕度奉存候。直に此両紙に御しるし被遊可下候。近比御事多候内、迷惑仕候へども、御集に入候を又外へ出し候はんもきの毒に奉存候故、窺申候。 巳上
    五月十四日                            去来 


  芭蕉最後の西上の旅で島田に向かう途中頃に去来は書簡を発していた。『浪化集』のプロットを報告するとともにアドバイスを期待している。