先日御飛脚之便、貴答申上候。相達し可レ申と奉レ存候。愈々御機嫌克、御奥方様方・御子様方御堅達に被レ成二御座一候哉、承度
奉レ存計に御座候。其節京より牡丹三本進上仕候よし*、乍レ去じゆけいは茂安不レ出内は上花之由申候*。右之内、向井平次郎と申、去来事に而御座候*。自レ是二もと進上仕候*。則此兄方に当年茂安・くらはし・なびか三花共に求申候間*、此め立出次第、一両年之間には必進上可レ仕と申候。此度上花得調不レ申*、近比残念奉レ存候へ共、殊之外調兼候故、先中花三本進上仕候。
就レ夫、中村荒右衛門方へは旦那様より御礼状被レ遣候而も*くるしかるまじく奉レ存候。小身者には御座候へども、与力にて御座候故、初旗本よりも直々書状取替申、一度左様に被レ遊候上は貴様方御両人より御状被レ遣御尤奉レ存候*。御状之端書に、向井平次郎方へも可レ然頼入候と被レ遊可レ然奉レ存候*。此段御六ヶ敷思召候はヾ、御機嫌次第に可レ被レ遊候*。私住所不定に御座候故*、重而之御為と奉レ存候。両人年々随分才覚仕筈に頼置申候*。平次郎へは貴様御両所より御近付に尤御成御置可レ被レ遊候。向井元升子*に而只今牢人、兄元端と申候而、一条政所様御扶持被レ下候。御書談被レ成候而も賤敷者に而も無二御座一候故*、如レ此申上候。
一、私義江戸より門人共度々申越に付、俄存知立、一両日中に先道中筋迄発足仕候*。
近年之内又々上京仕候而、窺二御機嫌一可レ申候間、御前可レ然
被二仰上一可レ被レ下候*。尤も一両夜逗留に成共参上仕度奉レ存候へ共、同道之もの共も一両人御座候而、此筋勝手よろしく御座候故*、自レ是罷立候。江戸へは冬中に下着可レ仕奉レ存候間、重而御案内可レ申上候。御句等御座候はヾ、追々御書付可レ被レ下候。頃日、其角又集仕由申越候間、撰入可レ仕候*。猶期二後音一可二申上一候*。
恐懼謹言
九月廿三日 桃青 書判
京から膳所の 義仲寺に帰ってきて、深夜に及んだにもかかわらず伊賀上野の槐市・式之宛に書いた書簡。 去来・史邦が牡丹 の苗木を藤堂家に贈るに関しての仲立ちについて依頼し、かつ江戸下向を前にしての別離の挨拶のための一通。
興味があるのは、来年(元禄5年)秋には再び旅に出て、今度は九州四国を目ざすと追伸していることである。
芭蕉は、この五日後の元禄4年9月28日、最後の江戸下向の旅に出発した。
其節京より牡丹三本進上仕候よし:<そのせつきょうよりぼたんさんぼんしんじょうつかつりそうろうよし>と読む。去来と史邦が藤堂家に牡丹を3本贈るという話。
乍レ去じゆけいは茂安不レ出内は上花之由申候:<さりながら、 じゅけいはもあんでざるうちはじょうかのよしもうしそうろう>。「じゅけい」も「茂安」も牡丹の名前。茂安はじゅけいが出現するまでは上等の花であったという話ですの意。
右之内、向井平次郎と申、去来事に而御座候:その牡丹を贈るという者の中、「向井平次郎」というのは去来のことですの意。去来なら式之も槐市もよく知っていたはずである。
自レ是二もと進上仕候:<これよりふたもとしんじょうつかまつりそうろう>と読む。じゅけいから二本を選んで進呈するつもりである。
則此兄方に当年茂安・くらはし・なびか三花共に求申候間:<すなわちこのあにかたにとうねんもあん・・・・さんかともにもとめもうしそうろうあいだ>と読む。去来の兄元端が、茂安とくらはしとなびかという牡丹を三種類手に入れている、という。これらの牡丹の芽が育ったら、一二年の間に必ず進呈するとも言っている。
此度上花得調不レ申:<このたびじょうかえととのえもうさず>。今回は良い花は入手できず、の意 。近頃残念だが、中々上手くいかないので、まず中程度のものだが三本だけ贈呈したいというのである。
就レ夫、中村荒右衛門方へは旦那様より御礼状被レ遣候而も:<それにつき、なかむらあらえもんかたへはだんなさまよりおれいじょうつかわされそうろうても>と読む。中村荒右衛門とは、史邦の通称。身分は低いが、探丸から史邦に牡丹のお礼状を出してもよいのではないかという提案。
一度左様に被レ遊候上は貴様方御両人より御状被レ遣御尤奉レ存候 :<いちどさようにあそばされそうろううえは貴様が田子りょうにんよりごじょうつかわされごもっともにぞんじそうろう>と読む。探丸から史邦に手紙が行った以上、その後は貴方方お二人が書状のやり取りを史邦との間ですることは当然よいことだと思います。芭蕉は、門弟間の交流を促しているのである。
御状之端書に、向井平次郎方へも可レ然頼入候と被レ遊可レ然奉レ存候:<ごじょうのはしがきに、むかいへいじろうかたへもしかるべくたのみいりそうろうとあそばされしかるべくとぞんじたてまつりそうろう>。史邦への礼状の中に、「去来へもよろしく」と書き添えて欲しいものですの意。
此段御六ヶ敷思召候はヾ、御機嫌次第に可レ被レ遊候:<この段音むずかしくおぼしめしそうらわば、ごきげんしだいにあそばさるべくそうろう>。以上の事が、殿にあって難しいようなら無理をしないでもよいというのである。殿を相手の仕事はなかなか難しいものだ。
私住所不定に御座候故:<私じゅうしょふていにござそうろうゆえ>。「奥の細道」出発にあたり第二次芭蕉庵は人に譲ってしまったので、これから江戸へ出ても家は無いのである。
両人年々随分才覚仕筈に頼置申候:<りょうにんねんねんにずいぶんさいかくつかまつるはずにたのみおきもうしそうろう>と読む。去来ら二人には毎年牡丹の季節には苗木を手配するようちゃんと頼んでありますから、の意。
向井元升子:<むかいげんしょうし>。元升は去来の父。宮中の儒医。このころは息子で去来の兄元端に職を譲っていたので浪人中だという。
御書談被レ成候而も賤敷者に而も無二御座一候故:<ごしょだんなされそうろうてもいやしきものにてもござなくそうろうゆえ>と読む。去来の兄元端は、一条政所の医者であるから、卑しいものではなく、貴方方が文通してもよいでしょう、と言う。
俄存知立、一両日中に先道中筋迄発足仕:<にわかにぞんじたち、一両日中にまずどうちゅうすじまでほっそくつかまつり>。江戸の弟子たちから催促がしきりに来るので、急ではあるが江戸へ下る予定で、一日二日のうちに中山道まで出ていようと思っています、の意。
近年之内又々上京仕候而、窺二御機嫌一可レ申候間、御前可レ然 被二仰上一可レ被レ下候:<きんねんのうちまたまたじょうきょうつかまつりそうろうて、ごきげんうかがいもうすべくそうろうかん、午前しかるべくおうせあげられくださるべくそうろう>と読む。近いうちにまた上京して、ご機嫌伺いに参りますから、殿様(探丸)にはご機嫌よろしゅうとお伝え願いたい。
此筋勝手よろしく御座候故:<このすじかってよろしくござそうろうゆえ>。この筋は、中仙道のこと。伊賀上野の藤堂義長に挨拶していくべきだが、江戸へ行く相棒との都合はこの街道筋が好都合なので、東海道から上野に行く道を通らないとというのである。だから、挨拶が出来ないという言い訳。
其角又集仕由申越候間、撰入可レ仕候:<きかくまたしゅうつかまつるよしもうしこしそうろうかん、せんにゅうつかまつるべくそうろう>と読む。其角が『雑談集』を出すと言っているので、これに入集するといいですね、と言うのだが、二人の作品はそこには無い。