金沢の門人句空に宛てた書簡。日付が無い。また、冒頭が欠けている。執筆場所は不明だが、「上京」を促しているところからして京都である可能性が高いと思われる。
巻尤俳諧くるしからず候へ共、一體今の存念にたがふ事:<まきもっともくるし・・・そうらえども、いっていいまのぞんねんにたがうこと>と読む。「巻」は『卯辰集』をさすらしい。卯辰集所収の句は駄目というのではないが、今の自分の信念(軽みを言うか?)とことなるのは、残念だというのである。
和歌三神、其一分はかゝはり不レ申候間、其儘差置候:<わかさんじん、そのいちぶんはかかわりもうさずそうろうあいだ、そのままさしおきそうろう>と読む。「和歌三神」は、住吉神社・玉津島神社・天満宮を指す。和歌の神様に対して、特に申し開きがきかない体のものでもないので、卯辰集にそのまま収録してもらって結構です、の意。
皆冥利驕慢の心指(志)にとおもひ立候故:<みなみょうりきょうまんのこころざしにとおもいたちそうろうゆえ>と読む。世間への驕慢にゆえにつたない句集などを出版すること。
言葉つまりたる時をくつろげる味に而、折々集を出し候處に:スランプに陥ったときにそれを打開する意味で、句集を刊行してきたのですが、の意。
三年昔の風雅只今出し候半は:<さんねんむかしのふうがただいまだしそうらわんは>と読む。『奥の細道』の際、山中温泉で詠んだという3年も昔の句集を今ごろ出版するのは、の意。
跡矢を射るごとくなる無念而巳に候:<あとうあをいるごとくなるむねんのみにそうろう>と読む。タイミングを失したようで残念でならない、の意。
何とぞ御さそひ候而、廿日ならず候はゞ、十五日之滞留にて、三月十日頃上津あれかし:北枝を誘って(北枝宛書簡参照)、20日間が無理ならせめて15日間の滞在予定で、3月15日頃に大津まで来てほしい。
乍レ去世上之人に而御座候へば、心にまかせぬ事も可レ有二御座一候間:<さりながらせじょうのひとにてござそうらえば、・・・ござあるべくそうろうあいだ>と読む。しかしながら、北枝はまた刀研ぎという仕事にたぼうでもありましょうから、なかなか動けないかもしれないので、の意。
上京成間敷候はゞ、何事も沙汰なしにて急々板行御すゝめ可レ成候:<じょうきょうなるまじくそうらわば、・・・きゅうきゅうはんこうおすすめなるべくそうろう>と読む。上京することが無理であれば、急いで出版してしまっても結構です。
集の題号、卯辰集と可レ有哉:<しゅうのだいごう、うたつしゅうとあるべきや>と読む。この句集の題名は、『卯辰山』ではなく、「山」の字が重いので『卯辰集』としましょう、の意。最初、句空らは『卯辰山』を考えたのである。卯辰山は、金沢市の東に有る同市の市民に最も愛されている山の一つ。史跡・名所・文化財が多い。
是も拙者好に而も無二御座一、其元評伴(判)に御まかせ可レ被レ成候:<これもせっしゃのこのみにてもござなく、そこもとひょうばんにおまかせなさるべくそうろう>と読む。『卯辰集』というのもわたしの好みというわけではないので判断はあなたに御任せします、の意。
次郎助其元仕舞候而上り可レ申旨:<じろすけそこもとしまいそうろうてのぼりもうすべきむね>と読む。「次郎助」は乙州の幼名。乙州はこの時仕事で金沢に長期滞在していた。母親の智月も大分年老いてきたので、彼に早く近江に帰ってくるように伝えて欲しい、それこそ親孝行というものだと云うのである。
則さも可レ有事被レ存候:<すなわちさもあるべきこととぞんぜられそうろう>と読む。すぐにでもそうすべき事と思いますよ、の意。
早々登り候と御心可レ被レ付候:<そうそうのぼりそうろうとおこころづけなさるべくそうろう>と読む。すぐに上津するようにしてください、の意。