怒誰宛書簡。郷里伊賀上野で執筆した。怒誰が、持病を押して『荘子』を講義していること、自分は弟子たちに囲まれてしばらく伊賀に滞留の予定であることなど、時候の挨拶。
並半紙一束被レ懸賢慮、毎々御厚情不レ浅難二筆端盡一奉レ存候:<ならびにはんしひとたばけんりょにかけられ、まいまいごこうじょうひったんにつくしがたくぞんじたてまつりそうろう>と読む。半紙一束を送って下さいましてありがとうございます、の意。
御公用被二仰付一候由:<ごこうようおおせつけられそうろうよし>と読む。藩の仕事を命ぜられたのであろうが、それが下記の荘子購読のことか、別のことか判然としない。
包(庖)丁が牛御手に可レ被レ入候:<ほうちょうがうしおんてにいれらるべくそうろう>と読む。養生は自然に任せるのが良いのです、の意。
南経斎物、過半に至候由:<なんぎょうせいぶつ、かはんにいらいそうろうよし>と読む。南経は、『荘子』のこと、「斎物」は「斎物論」。を指している。怒誰が、それを半ばまで講義を終えたということを弟子達から聞いたというのである。
大儀之処はかを御やり被成レ候而、御手柄奉存候:<たいぎのところはかをおやりなされそうろうて、おてがらにぞんじたてまつりそうろう>と読む。持病を押してのことなのに、随分精を御出しになって、御手柄でございます、の意。
随分清眼微細に御開可レ被レ成候:<ずいぶんせいがんみさいにおひらきなさるべくそうろう>と読む。澄んだ目で細部まで光を当てて御購読なさいますように、の意。
且拙者持病も折々気指候共、大痛も不レ仕:<かつせっしゃじびょうもおろおりきざしそうらえども、だいつうもつかまつらず>と読む。私の持病は、起りそうになるのですが、本格的な発病には至っていません、の意。
旧友風情之輩せつき申候而:<きゅうゆうふぜいのやからせっつきもうしそうろうて>と読む。伊賀の友人達がいろいろ心配やら節介やらやいてくれて、の意。迷惑だという意味が込められているがうれしくもある複雑な感情が込められている。
のがれぬ事ども仕出かし、夏秋までも可レ留たくみいたし候:あれこれ避けられないような用事をこしらえて、元禄4年の秋頃まで芭蕉を伊賀に引き止めようとしたのであろう。
洒落が棒を送候へば:<しゃらくがぼうをおくりそうらえば>と読む。「洒落」は膳所の門人洒堂。しの定型。
返翰数多、及二早筆一候:<へんかんあまた、そうひつにおよびそうろう>と読む。返事を書く手紙が沢山ありますので、末筆ながら、の意。たしかにこの日は支幽・虚水宛、および珍夕宛書簡などを書いている。
曲水丈春を打越、嘸御悦可レ成候:<きょくすいじょうしゅんをうちこし、さぞおよろこびなさるべくそうろう>と読む。この時期、曲水は江戸在勤であったが、ようやく新春を無事に迎え、母上もさぞお喜びのことでしょう。
頓而入庵の節に成可申レ候:<やがてにゅうあんのせつになりもうすべくそうろう>と読む。まもなく幻住庵に入ったあの季節がやってきます、の意。芭蕉は、昨年4月6日幻住庵に入ったのである。