「網代守るにぞ」:<あじろまもるにぞ>。『万葉集』ではなく『近江国輿地志略』にあり、「田上や黒津の庄の痩せ男あじろ守るとて色の黒さよ」による。
猿の腰掛けと名付く:松の枝に棚を作って、そこにわらで作った円座をしつらえ、これに「猿の腰掛け」という名前をつけたというのである。民間で、癌の特効薬といわれているあの茸ことではない。
海棠に巣を営び:<かいどうにすをいとなび>と読む。黄山谷の詩に、「徐老は海棠の巣の上、王翁は主簿峰<しゅぼほう>の庵」とあるのより採った。
睡癖山民:<すいへきさんみん>と読む。居眠りぐせのある怠惰な田舎者。睡癖は、中国の文人墨客の常であったから、自分を文人らと同列に置くのではなく、ただの田舎者だと言っている。
孱顔に足を投げ出し:孱顔<せんがん>と読む。弱々しい顔して、の意。上の円座に腰掛けて居眠りしながら、周囲の山々に足を投げ出している。
空山に虱をひねって坐す:<くうざんにしらみを・・>と読む。何にもしないことを虱をひねるという。周囲の人気のない山々に向かって何もしてはいない、の意。
ことに心高く住みなしはべりて、たくみ置ける物ずきもなし: 質素なわび住まいだったと見えて、特に手の込んだ置物があるというのでもなし。
持仏一間を隔てて、夜の物納むべき所など、いささかしつらへり:<じぶつひとまをへだてて、・・> 仏間は一室特別に隔離されて作ってあって、あとは夜具などを入れる部屋をつくりつけてある。
さすがに、はるのなごりもとおからず、つつじさきのこり、やまふじまつにかかりて、ほととぎすしばしばすぐるほど、やどかしどりのたよりさへあるを、 きつつきのつつくともいとはじなど、そぞろにきょうじて、たましいご・そとうなんにはしり、みはしょうしょう・どうていにたつ。やまはひつじにそばだち、じんかよきほどに へだたり、なんくんみねよりおろし、きたかぜみずうみをおかしてすずし。ひえのやま、ひらのたかねより、からさきのまつはかすみをこめて、しろあり、はしあり、 つりたるるふねあり、かさとりにかようふきこりのこえ、ふもとのおだにさなえとるうた、ほたるとびかうゆうやみのそらにくいなのたたくおと、びけいものとしてたらずとい うことなし。なかにもみかみさんはしほうのおもかげにかよいひて、むさしののふるきすみかもおもいいでられ、たなかみにこじんをかぞふ。ささおがたけ・ せんじょうがみね・はかまごしというやまあり。くろづのさとはいとくろうしげりて、「あじろもるにぞ」とよみけん『まんにょうしゅう』のすがたなりけり。なほ ちょうぼうくまなからむと、うしろのみねにはいのぼり、まつのたなつくり、わらのえんざをしきて、さるのこしけとなづく。かのかいどうにすをいとなび、しゅぼほうに いおりをむすべるおうおう・じょせんがとにはあらず。ただすいへきさんみんとなって、さんがんにあしをなげだし、くうざんにしらみをひねってざす。たまたまこころまめなる ときは、たにのしみずをくみてみづからかしぐ。とくとくのしずくをわびて、いちろのそなえいとかろし。はた、むかしすみけんひとの、ことにこころたかくすみなしはべりて、たくみ おけるものずきもなし。じぶつひとまをへだてて、よるのものおさむべきところなど、いささかしつらへり。