芭蕉DB

野ざらし紀行

(とくとくの泉)


 西上人*の草の庵の跡は、奥の院より右の 方二町計わけ入ほど、柴人*のかよふ道のみわづかに有て、さがしき谷をへだてたる、いとたふとし。彼とくとくの清水は昔にかはらずとみえて、今もとくとくと雫落ける。

露とくとく心みに浮世すゝがばや

(つゆとくとく こころみにうきよ すすがばや)

若これ扶桑*に伯夷あらば、必ず口をす ゝがん*。もし是杵(許)由に告ば耳をあらはむ*


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表紙 年表


露とくとく心みに浮世すゝがばや

西行の歌「とくとくと落つる岩間の苔清水くみほすほどもなきすまひかな」に因んで「とくとくの清水」が西行庵の近くにあった。ここに浮世は、たんに一般論としての汚辱にまみれた俗世間ではなく、芭蕉自身の名利願望といった世俗的欲望を指しているのであろう


今もとくとくの泉はとくとくと湧き出していた(森田武さん提供)


西上人:<さいしょうにん>と読む。西行法師のこと。

柴人:柴刈りの人。近くの村人 。

扶桑:日本国の別名。

伯夷(はくい)あらば、必ず口をすすがん:殷の人。周の武王に諫言したが聞き入れられないのため、隠遁してワラビで飢えを凌いでいたがやがて餓死した。伯夷のような清廉な人なら、このとくとくの苔清水で口を漱いだであろうの意。

許由に告ば耳をあらはむ:許由は、尭帝から天下を譲ろうといわれて、耳が汚れたとして耳を洗って箕山(きざん)に隠棲したといわれている廉潔な人。そういう人なればこそ、とくとくの清水で耳を洗うだろうの意。