芭蕉db

幻住庵の記

(庵の生活)


 さるを、筑紫高良山の僧正*は、 加茂の甲斐なにがしが厳子にて*、このたび洛にのぼりいましけるを、ある人をして額を乞ふ*。いとやすやすと筆を染めて、「幻住庵」の三字を送らるる。やがて草庵の記念となしぬ。すべて、山居といひ、旅寝といひ、さる器たくはふべくもなし*。木曽の桧傘、越の菅蓑ばかり*、枕の上の柱にかけたり。昼はまれまれ訪ふ人々に心を動かし、或は宮守の翁*、里の男ども入り来たりて、「猪の稲食ひ荒し、兎の豆畑に通ふ」など、わが聞き知らぬ農談*、ひすでに山の端にかかれば、夜座静かに、月を待ちては影を伴ひ、燈火を取りては罔両に是非をこらす*

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 さるを、 つくしこうらさんのそうじょうは、かものかいなにがしがげんしにて、このたびらくにのぼりいましけるを、ある人をしてがくをこう。いとやすやすとふでをそめて、「 げんじゅうあん」の3もじをおくらるる。やがてそうあんのかたみとなしぬ。すべて、さんきょといい、たびねといい、さるうつわたくはうべくもなし。きそのひがさ、 こしのすがみのばかり、まくらのうえのはしらにかけたり。ひるはまれまれとぶらうひとびとにこころをうごかし、あるはみやもりのおきな、さとのおのこどもいりきたりて、「 いのししのいねくいあらし、うさぎのまめばたけにかよう」など、わがききしらぬのうだん、ひすでにやまのはにかかれば、よざしずかに、つきをまちてはかげを ともない、ともしびをとりてはもうりょうにぜひをこらす。