芭蕉db

幻住庵の記

(人生観)


 かく言へばとて、ひたぶるに閑寂を好み、山野に跡を隠さむとにはあらず。やや病身、人に倦んで、世をいとひし人に似たり。つらつら年月の移り来し拙き身の科を思ふに、ある時は仕官懸命の地をうらやみ*、一たびは佛籬祖室*の扉に入らむとせしも、たどりなき風雲に身をせめ*、花鳥に情を労じて、しばらく生涯のはかりごととさへなれば*、つひに無能無才にしてこの一筋につながる*。「楽天は五臓の神を破り*、老杜は痩せたり*。賢愚文質の等しからざるも*、いづれか幻の住みかならずや」と、思ひ捨てて臥しぬ。

先づ頼む椎の木も有り夏木立

(まずたのむ しいのきもあり なつこだち)

 

 

(おわり)


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先づ頼む椎の木も有り夏木立

 これからどうしようというほどの計画があるわけではない。とりあえず旅路の果てに幻住庵にやってきた。見れば、庵の傍には大きな椎木がある。先ずはこの木の下で心と身体を休めてみようではないか。 
 西行の歌「
ならび居て友を離れぬ子がらめの塒<ねぐら>に頼む椎の下枝」(『山家集 下 雑の部』)に呼応していることは明らか。ここに子がらめとは、小雀のこと。


滋賀県大津市国分2丁目5幻住庵にある句碑(牛久市森田武さん撮影)



 かくいえばとて、ひたぶるにかんせきをこのみ、 さんやにあとをかくさんとにはあらず。ややびょうしん、ひとにうんで、よをいとひしひとににたり。つらつらとしつきのうつりこしつたなきみのとがをおもうに、あるときは しかんけんめいのちをうらやみ、ひとたびはぶつりそしつのとぼそにいらんとせしも、たどりなきふううんにみをせめ、かちょうにじょうをろうじて、しばらくしょうがいのはかりごととさへなれば、つ いにむのうむさいにしてこのひとすじにつながる。「らくてんはごぞうのしんをやぶり、ろうとはやせたり。けんぐもんしつのひとしからざるも、いづれかまぼろしのすみかならずや」と、 おもいすててふしぬ。

まずたのむ しいのきもあり なつこだち