- 芭蕉db
笈の小文
(序)
- 百骸九竅の中に物有*、かりに名付て風羅坊*といふ。誠にうすものゝのかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好こと久し。
終に生涯のはかりごとゝなす。ある時は倦で放擲せん事をおもひ*、ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり*、是非胸中にたゝかふて*、是が為に身安からず。しばらく身を立むことをねがへども*、これが為にさへられ*、暫ク學で愚を曉ン事をおもへども*、是が為に破られ*、つひに無能無藝にして只此一筋に繫る*。西行*の和歌における、宋祇*の連歌における、雪舟*の繪における、利休*の茶における、其貫道する物は一なり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時*を友とす。見る處花にあらずといふ事なし。おもふ所月にあらずといふ事なし。像花にあらざる時は夷狄にひとし*。心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、造化にかへれとなり。
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表紙 年表
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この書き出しは実に堂々としたものである。西行・宗祇・雪舟・利休などの先人の名を上げることで、「俳諧の芭蕉における」道の確立に自信を秘めていることを隠さない。また、芭蕉の『荘子』への傾倒ぶりは文体からも伺われる。自らの人生を振り返る精神的
余裕も伺われる序文である。
- 百骸九竅の中に物有:<ひゃくがいきゅうきゅう>と読む。『荘子』に身体を「百骸九竅六臓という」から取った。芭蕉の身体をさし、「物」は心をいう。
- 風羅坊:芭蕉の別号。芭蕉庵の芭蕉の葉のように風で破れてしまう羅<うすもの>=薄い葉をさしている。
- ある時は倦で放擲せん事をおもひ:<・・うんでほうてきせんことを・・>と読む。飽きて俳諧など止めてしまおうと思った、というのだが、これは伊賀上野での青春時代の回顧である。新七郎良忠
(蝉吟)死去から江戸に出るまでの約6年間、今日では芭蕉履歴の不明な期間を指しているのであろう。
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ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり:深川に隠棲するまでの約7年間、芭蕉は江戸市中(日本橋界隈)にあって点取り俳諧の宗匠として俗俳にどっぷりと漬かってもいたのである。
そこでは、同業他者なる宗匠らと暗闘を繰り返したのであろう。
- 是非胸中にたゝかふて:<ぜひきょうちゅうにたたこうて>と読む。理非曲直に思い煩ってああしよう、こうしようなどと思い悩む、の意
。
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しばらく身を立むことをねがへども:時には立身出世も願ったが、の意。伊賀上野藤堂新七郎家に仕えていた頃には、武士への取り立てられる夢なども描いたのであろう。
- さへられ:妨げられの意。俳諧への執着のために仕官して出世のチャンスもものすることができなかったというのだが、これは伊賀上野での藤堂家への仕官を指すのであろう
。
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暫ク學で愚を曉ン事をおもへども:<しばらくまなんでぐをさとらんことをおもえども>と読む。
蝉吟死後の6年間の思いを回顧している。この期間、芭蕉が京都の禅寺で修業をしたとされるのはこの記述によるが、不明。
- 是が為に破られ:<これがためにやられ>と読む。俳諧に固執するばかりに自己を悟ることも出来ず、の意。
- つひに無能無藝にして只此一筋に繫る:結局他に才能も無く俳諧にのみ執心して今日を迎えた、の意
。
- 造化にしたがひて四時を友とす:
「造化」は、老荘思想による万物を創造するものの意で神や自然のような絶対的な存在をいう。四時は<しいじ>と読む。四季のこと。
- 像花にあらざる時は夷狄にひとし:像<かたち>と読む。森羅万象に美を見出さないのであればそれは夷狄(<いてき>未開人)のようなものだ。