徒然草(下)

第230段 五条内裏には、妖物ありけり。


 五条内裏には*、妖物ありけり。藤大納言殿語られ侍りしは*、殿上人ども、黒戸にて碁を打ちけるに*、御簾を掲げて見るものあり。「誰そ」と見向きたれば、狐、人のやうについゐて*、さし覗きたるを、「あれ狐よ」とどよまれて*、惑ひ逃げにけり。

 未練の狐、化け損じけるにこそ*

五条内裏には:<ごじょうのだいりには>と読む。京都五条の北にあった亀山天皇の御所。

藤大納言殿語られ侍りしは:<とうのだいなごんかたられはべりしは>と読む。藤大納言は藤原為世(1250〜1338)藤原為氏の子。権代納言を歴任。兼好の歌の師であった。

黒戸にて碁を打ちけるに:「黒戸」は第176段参照。

狐、人のやうについゐて:狐が、人間のようにひざまずいていた。

あれ狐よ」とどよまれて:「どよまれて」は大きな声で騒がれて、の意。

未練の狐、化け損じけるにこ:<みれんのきつね、ばけそんじ・・>:「未練」は未熟なの意。化ける技術が未熟な狐がひざまずくまではできたが、狐の姿のままだったのであろう。 しかし、狐がひざまずくまでできれば大したものだ。


 後白河法皇をはじめ、ここには化けるのではなく化かすのが上手な方々に事欠かなかったのだから、狐などかわいいものだったはずだ。


 ごうじょうのだいりには、ばけものありけり。とうのだいなごんどのかたられはんべりしは、てんじょうびとども、くろどにてごをうちけるに、みすをかかげてみるものあり。「たそ」とみむきたれば、きつね、ひとのようについいて、さしのぞききたるを、「あれきつねよ」とどよまれて、まどいにげにけり。

 みれんのきつね、ばけそんじけるにこそ。