徒然草(下)

第140段 身死して財残る事は、智者のせざる処なり。


 身死して財残る事は、智者のせざる処なり*。よからぬ物蓄へ置きたるもつたなく、よき物は、心を止めけんとはかなし*。こちたく多かる、まして口惜し*。「我こそ得め」など言ふ者どもありて、跡に争ひたる、様あし。後は誰にと志す物あらば、生けらんうちにぞ譲るべき。
 朝夕なくて叶はざらん物こそあらめ、その外は、何も持たでぞあらまほしき。

身死して財残る事は、智者のせざる処なり:死んで後に美田を残すのは、利口な人間のすることではない。

よき物は、心を止めけんとはかなし:よい物はよい物で、この死んだ人は、これが良い物だからさぞやこれに執着していたことだろうなどと、思われてしまう。

こちたく多かる、まして口惜し:むやみに多いのは、なお一層面白くない。


 「朝夕なくて叶はざらん物こそあらめ、その外は、何も持たでぞあらまほしき」。つまり、子孫に美田を残すな、ということ。美田はおろか草畑一枚無い我らにはこの説教は不要と見た。


 みししてたからのこることは、ちしゃのせざるところなり。よからぬものたくわえおきたるもつたなく、よきものは、こころをとめけんとはかなし。こちたくおおかる、ましてくちおし。「われこそえめ」などいうものどもありて、あとにあらそいたる、さまあし。 のちはたれにとこころざすものあらば、いけらんうちにぞゆずるべき。
 あさゆうなくてかなわざらんものこそあらめ、そのほかは、なにももたでぞあらまほしき。