徒然草(上)

第135段 資季大納言入道とかや聞えける人、具氏宰相中将にあひて


 資季大納言入道とかや聞えける人*、具氏宰相中将にあひて*、「わぬしの問はれんほどのこと、何事なりとも答へ申さざらんや」と言はれければ、具氏、「いかゞ侍らん*」と申されけるを、「さらば、あらがひ給へ」と言はれて、「はかばかしき事は、片端も学び知り侍らねば、尋ね申すまでもなし。何となきそゞろごとの中に、おぼつかなき事をこそ問ひ奉らめ*」と申されけり。「まして、こゝもとの浅き事は、何事なりとも明らめ申さん*」と言はれければ、近習の人々、女房なども、「興あるあらがひなり。同じくは、御前にて争はるべし*。負けたらん人は、供御をまうけらるべし*」と定めて、御前にて召し合はせられたりけるに、具氏、「幼くより聞き習ひ侍れど、その心知らぬこと侍り。『むまのきつりやう、きつにのをか、なかくぼれいり、くれんどう』*と申す事は、如何なる心にか侍らん。承らん」と申されけるに、大納言入道、はたと詰りて、「これはそゞろごとなれば、言ふにも足らず*」と言はれけるを、「本より深き道は知り侍らず。そゞろごとを尋ね奉らんと定め申しつ」と申されければ、大納言入道、負になりて、所課いかめしくせられたりけるとぞ*

資季大納言入道とかや聞えける人:<すけすえのだいなごん>。藤原資季(1207〜1289)。権大納言。右大将藤原道綱の息。有職故実に詳しかったと言われているが・・。

具氏宰相中将にあひて:<ともうじさいしょうちゅうじょう>。源具氏(1231〜1275)。左近衛中将を歴任。

いかゞ侍らん:さあ、どんなものでしょうかね?少々挑発的。

何となきそゞろごとの中に、おぼつかなき事をこそ問ひ奉らめ:「そぞろごと」とは、どうでもよいようなくだらないこと 。そんな中で、よく分からないでいるような事ならお聞きしたいですね。これも相当意地の悪い言い方。

まして、こゝもとの浅き事は、何事なりとも明らめ申さん:それなら尚のこと、君の卑近な疑問に、どんなことでもよく分かるように答えて見せよう。

興あるあらがひなり。同じくは、御前にて争はるべし:あらまぁ、面白い論争だこと。いっそのことやんごとなきお方の前でやられては如何?

負けたらん人は、供御をまうけらるべし:負けた方は、奢って頂戴。

『むまのきつりやう、きつにのをか、なかくぼれいり、くれんどう』:今でも不明 。

これはそゞろごとなれば、言ふにも足らず」:くだらんことだから答える必要は無い、と言ったのだが、大納言入道は答えないのではない答えられないのである。

所課いかめしくせられたりけるとぞ:大納言は負けて、ご馳走を奢らされたのである。「所課」とは課せられること。


 知ったかぶるなという教訓。


 すけすえのだいなごんにゅうどうとかやきこえけるひと、ともうじのさいしょうちゅうじょうにあいて、「わぬしのとわれんほどのこと、なにごとなりともこたえもうさざらんや」といわれ ければ、ともうじ、「いかがはべらん」ともうされけるを、「さらば、あらがいたまえ」といわれて、「はかばかしきことは、かたはしもまねびしりはんべらねば、たずねもうすまでもなし。なにとなきそ ぞろごとのなかに、おぼつかなきことをこそといたてまつらめ」ともうされけり。「まして、ここもとのあさきことは、なにごとなりともあきらめもうさん」といわれければ、きんじゅうのひとびと、にょうぼうなども、「きょうあるあらがいなり。おなじくは、 ごぜんにてあらそわるべし。まけたらんひとは、ぐごをもうけらるべし」とさだめて、おんまえにてめしあわせられたりけるに、ともうじ、「おさなくよりききならいはんべれど、そのこころしらぬことは んべり。『むまのきつりやう、きつにのをか、なかくぼれいり、くれんどう』ともうすことは、いかなるこころにかはんべらん。うけたまわらん」ともうされけるに、だいなごんにゅうどう、はたとつまりて、「これはそ ぞろごとなれば、いうにもたらず」といわれけるを、「もとよりふかきみちはしりはんべらず。そぞろごとをたずねたてまつらんとさだめもうしつ」ともうされければ、だいなごんにゅうどう、まけになりて、しょかいかめしくせられたりけるとぞ。