徒然草(上)

第120段 唐の物は、薬の外は、みななくとも事欠くまじ。


 唐の物は、薬の外は、みななくとも事欠くまじ*。書どもは、この国に多く広まりぬれば、書きも写してん*。唐土舟の、たやすからぬ道に*、無用の物どものみ取り積みて、所狭く渡しもて来る、いと愚かなり。

 「遠き物を宝とせず」とも、また、「得難き貨を貴まず」とも、文にも侍るとかや*

唐の物は、薬の外は、みななくとも事欠くまじ:中国渡来の文物数多しといえども、薬以外には無くても困らないのではなく。

書どもは、この国に多く広まりぬれば、書きも写してん:書籍などは、国内に流布しているので、これをコピーすればよいので、。

唐土舟の、たやすからぬ道に:中国の貿易船が、航海の危険を冒してまで、くだらんものを積んで、あふれるほど持ち込んでくるのは、ばかばかしいというのである。

「遠き物を宝とせず」とも、また、「得難き貨を貴まず」とも、文にも侍るとかや:「遠き物を宝とせず」は『書経』にある。 君主は遠くの宝物を欲しがらないの意。「得難き價を貴まず」は『老子』にあり、得難いものをうらやましがらなければ、人は盗みをしなくなる、と言う。


 「遠き物を宝とせず」とも、また、「得難き貨を貴まず」とも、文にも侍るとかや、である。グッチだのデザイナーズブランドだのと、舶来品をありがたがる人の歴史は長いということ。


 からのものは、くすりのほかは、みななくともことかくまじ。ふみどもは、このくににおおくひろまりぬれば、かきもうつしてん。もろこしぶねの、たやすからぬみちに、むようのものどものみとりつみて、ところせくわたしもてくる、いとおろかなり。

 「とおきものをたからとせず」とも、また、「えがたきたからをとうとまず」とも、ふみにもはべるとかや。