徒然草(上)

第62段 延政門院、いときなくおはしましける時


 延政門院*、いときなくおはしましける時*、院へ参る人に*、御言つてとて申させ給ひける御歌、

ふたつ文字、牛の角文字、直ぐな文字、歪み文字とぞ君は覚ゆる*

 恋しく思ひ参らせ給ふとなり*

延政門院<えんせいもんいん>。後嵯峨天皇の第二皇女。 元弘2年(1332年)に74歳で死去。折りしも院が死んだのを聞いてこれを書いたのであろうから、この段の執筆はこの頃と見て間違いない。

いときなくおはしましける時:ご幼少のみぎり。

院へ参る人に:父君の御所へ行く人に託して父天皇に次の歌を贈った。

ふたつ文字、牛の角文字、直ぐな文字、歪み文字とぞ君は覚ゆる :これには順次次のひらがなが入れてある。「こ」「い」「し」「く」。父後嵯峨天皇に対するラブレターである。幼児の作品とは思えないので、もちろん大人が工作したに違いない。

恋しく思ひ参らせ給ふとなり :この一首は、父君を恋しく思われたためであるとのことだ。


 延政門院への追悼文。まことにメルヘン風な好い話だ。


 えんせいもんいん、いときなくおはしましけるとき、いんへまいるひとに、おんことつてとてもうさせたまいけるおんうた、

 ふたつもじ、うしのつのもじ、すぐなもじ、 ゆがみもじとぞきみはおぼゆる

 こいしくおもいまいらせせたまうとなり。